●歌は、「葦辺にある荻の葉さやぎ秋風の吹き来るなへに雁鳴き渡る」である。
●歌碑(プレート)は、奈良市春日野町 春日大社神苑萬葉植物園(64)にある。
●歌をみていこう。
◆葦邊在 荻之葉左夜藝 秋風之 吹来苗丹 鴈鳴渡 一云 秋風尓 鴈音所聞 今四来霜
(作者未詳 巻十 二一三四)
≪書き下し≫葦辺(あしへ)にある荻(をぎ)の葉さやぎ秋風の吹き来(く)るなへに雁鳴き渡る 一には「秋風に雁が音聞こゆ今し来らしも」といふ
(訳)葦辺(あしべ)に生えている荻(おぎ)の葉がさやさやとそよぎ、秋の風が快く吹いてくる折しも、雁が大空を鳴いて渡って行く。<秋風に乗って雁の鳴き声が聞こえてくる。今こそ雁はやって来たらしい>(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)なへに 分類連語:「なへ」に同じ。 ※上代語。 ⇒ なりたち 接続助詞「なへ」+格助詞「に」(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注の注)なへ 接続助詞《接続》活用語の連体形に付く。:〔事柄の並行した存在・進行〕…するとともに。…するにつれて。…するちょうどそのとき。 ※上代語。中古にも和歌に用例があるが、上代語の名残である。(学研)
春日大社神苑萬葉植物園・植物解説板によると、「『オギ』はススキに似た水辺や湿地に生える、高さ2メートルにもなる大型の多年草である。秋に銀白色のススキの穂より大きい絹のような糸状の花穂(カスイ)を出す。アシやガマなどは冬枯れするが、オギの茎は生きている。昔から屋根をふく材として使用された。」と書かれている。
「荻」を詠んだ歌は、万葉集では三首収録されている。他の二首もみてみよう。
題詞は、「碁壇越徃伊勢國時留妻作歌一首」<碁壇越(ごのだにをち)、伊勢の国に行く時に、留(とどま)れる妻(め)の作る歌一首>である。
◆神風之 伊勢乃濱荻 折伏 客宿也将為 荒濱邊尓
(碁壇越の妻 巻四 五〇〇)
≪書き下し≫神風(かむかぜ)の伊勢の浜荻(はまをぎ)折り伏せて旅寝やすらむ荒き浜辺(はまへ)に
(訳)神風吹く伊勢の浜辺の荻を折り伏せて、あの人は旅寝をしておられることであろうか。あの波風荒い浜辺で。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)かむかぜの【神風の】分類枕詞:地名「伊勢」にかかる。「かみかぜの」とも。 ※平安時代後期以降は「かみかぜや」が一般的。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)はまをぎ【浜荻】名詞:①浜辺に生えている荻。②葦(あし)の別名。(学研)
荻を折り伏せて旅寝をするという感覚は、若かりし頃、四国カルストに行った時、辺り一面ススキの海みたいなもので、家持の四三二〇歌の「・・・さを鹿の胸別け行かむ秋野萩原」の鹿の様に秋のススキが原をかき分け進み、大の字になって青空を見たことを思いだす。自然のススキの敷布団である。夜の旅寝の感覚とは程遠いものではあるが、背中の感覚は似たようなものであろう。
◆伊毛奈呂我 都可布河泊豆乃 佐左良乎疑 安志等比登其等 加多理与良斯毛
(作者未詳 巻十四 三四四六)
≪書き下し≫妹(いも)なろが付(つ)かふ川津(かはず)のささら荻(をぎ)葦(あし)と人言(ひとごと)語(かた)りよらしも
(訳)あの子がいつも居ついている川の渡し場に茂る、気持ちの良いささら荻、そんなすばらしいささら荻(共寝の床)なのに、世間の連中は、それは葦・・・悪い草だと調子にのって話し合っているんだよな。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)なろ:親愛の接尾語
(注)ささら【細ら】接頭語:〔名詞に付いて〕細かい。小さい。「さざら」とも。「ささら形(がた)」「ささら波」(学研)
(注)葦は「悪し」を懸ける。
(注)ひとごと【人言】名詞:他人の言う言葉。世間のうわさ。(学研)
(注)「語り宣し」で、調子よく噂しているの意か。
歌謡ののりみたいな歌ではあるが、微笑ましく何度も何度も口ずさんでしまう。よくぞ、この歌を収録してくれたものである。
「荻」を詠った三首についてはブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(678)」でも紹介している。
➡
「オギ」と「ススキ」そして「ヨシ(アシ)」の違いを野田市HP「草花図鑑」でみてみよう。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「草花図鑑」 (野田市HP)