万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

ザ・モーニングセット181218(梅谷瓦窯跡・市坂瓦窯跡)

●サンドイッチの中身は、昨日の焼きそばの具をサンチュで挟んだものである。信楽焼の長方皿に並べた。

 野菜や豚肉などがある意味ゴロゴロした状態であるので、パンを押さえて切るときの力加減が微妙である。

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12月18日のモーニングセット

 

 デザートは、キウイとみかんの輪切りのスライスしたものを半分に切り交互に並べた。キウイの種が連続模様となって径をなしている。周りはブドウをカットして配した。 

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12月18日のデザート

 

 県境について以前触れたが、奈良県奈良市京都府木津川市の県境に東西に延びる丘陵は平城山(ならやま)※丘陵と呼ばれている。平城京の後背にあたる北方に位置し、標高90~100mのなだらかな丘陵である。ここには平城京の宮殿や寺院の瓦を焼いた奈良山瓦窯跡群※※が点在している。

 ※ 奈良市のHPは奈良山と表記されているので「奈良山」と書く。

 ※※奈良山瓦窯跡

   ➡歌姫(うたひめ)、音如ヶ谷(おんじょがたに)、市坂(いちさか)、

    梅谷(うめたに)、鹿背山(かせやま)、中山(なかやま)の6つが

    史跡奈良山瓦窯跡に指定されている。

 

 今回は、このうちの「梅谷瓦窯跡」と「市坂瓦窯跡」について記す。

 

●梅谷瓦窯跡(京都府木津川市梅美台5丁目)

 先週京都府最北端に位置する経が岬灯台へ行ったが、京都府の最南端は京都府木津川市梅谷平野というところである。梅谷瓦窯跡から徒歩約10分である。

 それはさておき、ナビを頼りに梅谷瓦窯跡を目指す。(12月18日)

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梅谷瓦窯の入口

 

 新興住宅地の斜面に石が並べられており、そこが窯跡であったと示している。 

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斜面に石を並べて窯跡が示されている

 

 説明案内によると「平城宮・京造営のために大量の瓦を生産した奈良山丘陵の瓦窯跡群の一角にあり、興福寺の創建瓦を生産した」とある。発掘した窯跡はこの地下に埋め戻されている。

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梅谷瓦窯の説明案内

 

 

●市坂瓦窯跡(京都府木津川市州見台)

 続いて市坂瓦窯跡を目指す。

 上人ヶ平(しょうにんがひら)遺跡公園の中にある。この瓦窯跡に並んで瓦工房をイメージ的に復元した建屋がある。この瓦工房と市坂瓦窯で生産された瓦は、「すべて平城京に運ばれ、おもに奈良時代後期の大膳職(だいぜんしき)造営のために供給された」(説明文による) 

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市坂瓦窯跡

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市坂瓦窯[8号窯]

 

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上人ヶ平瓦工房

 次回は歌姫と音如ヶ谷に触れる。