●サニーレタスとレタスそして焼豚を挟んで信楽焼の長方皿に盛り付けた。8分割したので少々ばらけた感じになってしまった。
デザートは、お皿の淵にバナナの輪切りを並べその上に伊予柑4切れを真ん中のヨーグルトを囲むように配し、中央に2色のぶどうの組み合わせを置いた。周辺にもぶどうを並べ干しブドウでアクセントをつけた。
朝から雨である。万葉の小径も最近刈込が行われたので、きりっと引き締まったよな感じで、さらに雨によって風情が増している。小路の土手に植えられたクリの木は、毎年秋には立派な毬栗を実らせている。今日はクリの歌碑の紹介である。
●万葉の小径シリーズ-その15 くり クリ
瓜食(うりはめ)めば 子ども思ほゆ
栗食めば まして偲はゆ
いづくより 来たりしものそ まなかひに
もとなかかりて 安眠(やすい)しなさぬ
(山上憶良 巻五 八〇二)
宇利波米婆 胡藤母意母保由 久利波米婆 麻斯堤葱斯農波由 伊豆久欲利
枳多利斯物能曽 麻奈迦比尓 母等奈可利堤 夜周伊斯奈佐農
瓜を食べると子供のことが思われる。栗を食べるといっそう子供のことが思われてならない。一体、子供というものは何処からやって来たのであろうか。いつも目の前にちらちらとして私を安眠させてくれない。
「クリは落葉高木で、実は食用に、葉は薬用に、樹皮は染料に、材は建築用材になる木である。万葉集では、食用として歌われ、毬(いが)のなかに三つあるのが普通であるから『三栗の』と表現されている。
どうしてウリやクリを食べると子供のことがそれほど意識されるのであろうか。必ずしもウリとクリとが最高においしい果実だからというのでもあるまい。ウリとクリとの響きの良さもあっただろう。それよりも、山上憶良がこの歌を選定した時期が問題である。神亀五年七月 筑前守として赴任していた憶良は、ちょうど現在の初秋の気候の中で、その時の植物の中からウリとクリとを選んでいるのだ。これらは、季節の果実であり、その上にウリ・クリ・ヨリ・来たり という一つの調子が出来上がっている。憶良六十九才の頃の作であるから、我が子二人に限った心ではなく、子を持つ親の心というものを歌ったうたである。」
(万葉の小径 くりの歌碑)
この歌の題詞は「思子等歌一首幷序」である。
序は、「釈迦如来金口正説 等思衆生如羅睺羅 又説 愛無過子 至極大聖尚有愛子之心 况乎世間蒼生誰不愛子乎」≪釈迦如来がその尊いお口でまさに説かれたことは、等しくあらゆるものをいつくしむことは、羅睺羅(らごら:釈迦の実子)を思うのと同じことである。また説かれる、愛とは子を愛するに勝るものはない。最高の大聖人でさえ子を愛する心を持っている、いわんや世の一般の人は、誰が一体子を愛さないであろうか≫である。
そして、反歌(八〇三)は、
銀母(しろがねも) 金母玉母(くがねもたまも) 奈尓世武尓(なにせむに)
麻佐礼留多可良(まされるたから) 古尓斯迦米夜母(こにしかめやも)
銀、金、玉も比べようがない これらに勝れる宝は、子に他ならない。
万葉集の憶良の二首ならびに釈迦の説いた言葉のポイントは、「勝れる宝、子にしかめやも」である。
(参考文献)
★万葉の小径 くりの歌碑
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)