万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その2改)―奈良市法蓮町 狭岡神社境内―万葉集 巻四 五九三

●歌は、「君に恋ひいたもすべなみ奈良山の小松が下に立ち嘆くかも」である。

 

●歌碑は、奈良市法蓮町の狭岡(さおか)神社境内にある。入り口の鳥居から本殿まで階段が続くが、中ごろの左側にある。歌の意味を記した木製の説明案内板と並んで石碑が設けられている。

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笠女郎の歌碑

●歌をみてみよう。

 

◆君尓戀(きみにこひ) 痛毛為便無見(いたもすべなみ) 楢山之(ならやまの) 小松下尓(こまつがしたに) 立嘆鴨(たちなげくかも)

                     (笠女郎 巻四 五九三)

 

≪書き下し≫君に恋ひいたもすべなみ奈良山の小松(こまつ)が下(した)に立ち嘆くかも

 

(訳)君恋しさにじっとしていられなくて、奈良山の小松が下に立ちいでて嘆いております。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)「松」に「待つ」の意を懸ける。同じ奈良内に住ながら切なく待たねばならぬ意をこめる。

 

 大伴家持の女性遍歴は有名でるが、笠女郎(かさのいらつめ)は、中でも最も情熱的で、家持に29首もの歌を贈っている。

 

 

 笠女郎の恋の心理ライフサイクルとでも云おうか、歌を追ってみよう。

 

 題詞は、「笠女郎贈大伴宿祢家持歌三首」<笠女郎(かさのいらつめ)、大伴宿禰家持に贈る歌三首>である。

 

◆託馬野尓 生流紫 衣染 未服而 色尓出来

                  (笠女郎 巻三 三九五)

 

≪書き下し≫託馬野(つくまの)に生(お)ふる紫草(むらさき)衣(きぬ)に染(し)めいまだ着ずして色に出(い)でにけり

 

(訳)託馬野(つくまの)に生い茂る紫草、その草で着物を染めて、その着物をまだ着てもいないのにはや紫の色が人目に立ってしまった。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)託馬野:滋賀県米原市朝妻筑摩か。

(注)「着る」は契りを結ぶことの譬え

(注)むらさき【紫】名詞:①草の名。むらさき草。根から赤紫色の染料をとる。古くから「武蔵野(むさしの)」の名草として有名。②染め色の一つ。①の根で染めた色。赤紫色。古代紫。古くから尊ばれた色で、律令制では三位以上の衣服の色とされた。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

陸奥之 真野乃草原 雖遠 面影為而 所見云物乎

                 (笠女郎 巻三 三九六)

 

≪書き下し≫陸奥(みちのく)の真野(まの)の草原(かやはら)遠けども面影(おもかげ)にして見ゆといふものを

 

(訳)陸奥の真野の草原、この草原は遠くの遠くにある地でございますが、面影としてはっきり見えると世間では言っているのではありませんか。なのにあなたはどうして見えてくれないのですか。(同上)

(注)真野:福島県南相馬市真野川流域。

 

◆奥山之 磐本菅乎 根深目手 結之情 忘不得裳

                (笠女郎 巻三 三九七)

 

≪書き下し≫奥山の岩本(いはもと)菅(すげ)を根(ね)深(ふか)めて結びし心忘れかねつも

 

(訳)奥山の岩かげに生い茂る菅、その菅の根をねんごろに結び合ったあの時の気持ちは、忘れようとも忘れられません。(同上)

(注)上四句は深く契りを交わす譬え、

 

 恋が生まれ、成長していく過程が情熱的に詠われている。淡々と情景描写しつつかえってその心情の熱さを感じさせるのである。

 

 

 題詞は「笠女郎贈大伴宿祢家持歌廿四首」には、恋の成熟の後の衰退期が見て取れる。

 

◆白鳥能 飛羽山松之 待乍曽 吾戀度 此月比乎

                 (笠女郎 巻四 五八八)

 

≪書き下し≫白鳥(しらとり)の飛羽山(とばやま)松(まつ)の待ちつつぞ我(あ)が恋ひわたるこの月ごろを

 

(訳)白鳥の飛ぶ飛羽山の松ではありませんが、おいでを待ちながら私は慕いつづけております。この何か月もの間を。(同上)

 

 まだ希望をつなぎながらひたすら待つ心情になっている。

 

 

◆君尓戀(きみにこひ) 痛毛為便無見(いたもすべなみ) 楢山之(ならやまの) 小松下尓(こまつがしたに) 立嘆鴨(たちなげくかも)   

                  (笠女郎 巻四 五九三)

 

 歌碑の歌である。ひたすら待ち続けているが逢ってもらえず深い嘆きに入っていく。

 

 

◆天地之 神理 無者社 吾念君尓 不相死為有

                 (笠女郎 巻四 六〇五)

 

≪書き下し≫天地(あめつち)の神に理(ことわり)なくはこそ我(あ)が思う君に逢はず死にせめ

 

(訳)天地を支配される神々にもし道理がなければ、その時こそ、お慕い申しているあの方に逢えないまま、死んでしまうことになりましょうか・・・。(同上)

 

 次第に絶望の淵に追いやられていく心情が読み取れる。 

 

◆不相念(あひおもはぬ) 人乎思者(ひとをおもふは) 大寺之(おほてらの) 餓鬼之後尓(がきのしりへに) 額衝如(ぬかづくごとし)

                 (笠女郎 巻四 六〇八)

 

≪書き下し≫相(あひ)思(おも)はぬ人を思ふは大寺(おほてら)の餓鬼(がき)の後方(しりへ)に額(ぬか)づくごとし

 

(訳)私を思ってもくれない人を思うのは、大寺の餓鬼像のうしろから地に額(ぬか)ずいて拝むようなものです。(同上)

(注)餓鬼像:餓鬼道に堕ちた亡者の像。

(注)餓鬼の後方に額づくごとし:餓鬼像を背後から拝んでも効果がない。自嘲の戯れの中に絶望を見せる。

 

 絶望感から思いを断つ決断にいたるクライマックスのような心情が情熱的であったが故の女郎の心情の吐出しにすごさを感じてしまうほどである。

 

 大伴家持万葉集の編纂に携わったといわれているが、笠女郎の歌を収録するときの心情や如何。

 

 24号線の「法華寺町東」交差点を東大寺転害門方面に進み、JR関西本線の踏切を渡り、バス停「教育大学付属中学校」を左に折れる。車のすれ違いがやっとというような一車線である。しばらく行くと正面に鳥居が見えてくる。駐車場を探すが見当たらない。三叉路になっている鳥居の前あたりのスペースに車を止め、駆け足で階段を上り歌碑を探し写真に撮り急いで車に戻る。

 

 

 

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狭岡神社

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「万葉の人びと」犬養 孝 著 (新潮文庫

★「大和万葉―その歌の風土」 堀内民一 著 (創元社

★「万葉ゆかりの地を訪ねて~万葉歌碑めぐり~」 奈良市HP

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

  

 

 

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