万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その6改)―佐保川堤―万葉集 巻四 五二五

●歌は、「佐保川の小石ふみ渡りぬばたまの黒馬の來夜は年にもあらぬか」である。

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佐保川堤 万葉歌碑(大伴坂上郎女

 

●歌碑(プレート)は、佐保川堤にある。

 

 これは、歌碑というより注意喚起の看板といったほうが良いかもしれない。木製である。「由緒あるこの川をみんなで美しくしましょう」と書いてある。それでも、歌が記載されているので歌碑扱いすることにした。

 

●歌をみていこう。

 

 題詞は、「大伴郎女和歌四首」<大伴郎女が和(こた)ふる歌四首>である。

 

◆狭穂河乃 小石踐渡 夜干玉之 黒馬之来夜者 年尓母有糠

                    (大伴坂上郎女 巻四 五二五)

 

≪書き下し≫佐保川(さほがは)の小石(こいし)踏み渡りぬばたまの黒馬(くろま)来る夜(よ)は年にもあらぬか

 

(訳)佐保川の小石の飛石を踏み渡って、ひっそりとあなたを乗せた黒馬が來る夜は、 せめて年に一度でもあってくれないものか。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)年にもあらぬか:七夕並にせめて年に一度はあってほしい。

 

他の三首もみてみよう。

    

◆千鳥鳴 佐保乃河瀬之 小浪 止時毛無 吾戀者

                     (大伴坂上郎女 巻四 五二六)

 

≪書き下し≫千鳥鳴く佐保の川瀬のさざれ波やむ時もなし我(あ)が恋ふらくは

 

(訳)千鳥がなく佐保の河瀬のさざ波のように、とだえる時とてありません。私の恋心は、(同上)

(注)上三句は序。第四句を起こす。

 

◆将来云毛 不來時有乎 不來云乎 将来常者不待 不來云物乎

                     (大伴坂上郎女 巻四 五二七)

 

≪書き下し≫来(こ)むと言ふも来(こ)ぬ時あるを来(こ)じと言ふを来(こ)むとは待たじ来(こ)じと言ふものを

 

(訳)あなたは、来(こ)ようと言っても来(こ)ない時があるのに、まして、来(こ)まいと言うのにもしや来(こ)られるかと待ったりはすまい。来(こ)まいおっしゃるのだもの。(同上)

 

(補足)「こ」の音で頭韻を、さらに、ひとつだけずれるものの「O」の音で脚韻を踏んでいるのでリズミカルな歌になっている。

 

◆千鳥鳴 佐保乃河門乃 瀬乎廣弥 打橋渡須 奈我来跡念者

                    (大坂上伴郎女 巻四 五二八)

 

≪書き下し≫千鳥鳴く佐保の川門(かはと)の瀬を広み打橋(うちはし)渡す汝(な)が来(く)と思へば

                      

(訳)千鳥が鳴く佐保川の渡り場の瀬が広いので、板の橋を渡しておきます。あなたがやって来るかと思って。(同上)

(注)女が男に「汝」というのはからかい。また、「汝が来」は「長く」を懸けている。

 

 左注は、「右郎女者佐保大納言卿之女也 初嫁一品穂積皇子 被寵無儔而皇子薨之後時 藤原麻呂大夫娉之郎女焉 郎女家於坂上里 仍族氏号日坂上郎女也」<右、郎女は佐保大納言卿(さほのだいなごんのまへつきみ)が女(むすめ)なり。初(は)じめ一品(いっぽん)穂積皇子(ほづみのみこ)に嫁(とつ)ぎ、寵(うつくしび)を被(かがふ)ること儔(たぐひ)なし。しかして皇子の薨(こう)ぜし後に、藤原麻呂大夫

(ふぢはらのまろのまへつきみ)、郎女を娉(つまど)ふ。郎女、坂上(さかうへ)の里(さと)に家居(いへい)す。よりて族氏(やから)号(なづ)けて坂上郎女といふ。

(注)一品:皇子皇女の官位四品中の筆頭

(注)坂上の里:佐保西方の歌姫越に近い地らしい。

 

 

 佐保川の堤防には結構な数の桜が植えてあり、毎年きれいな桜堤となる。今年も桜まつりの準備が進んでいた。提灯をつるすための細い木の柱状のものがほぼ規則的に立ててあり、電線がつなげてあった。一部早咲きの桜が咲いていた。

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佐保川堤の桜

 

 この歌は、大伴坂上郎女の歌である。郎女は、はじめ天武天皇の皇子、穂積皇子に愛され、次に藤原不比等の子藤原麻呂に愛され、三番目に異母兄の大伴宿奈麻呂(すくなまろ)と結婚する。その後、宿奈麻呂と別れ、他の異母兄と結婚したそうである。万葉集には八四首収録されている。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社