ザ・モーニングセット&フルーツフルデザート190314(万葉歌碑を訪ねて―その10―)

 

●サンドイッチは、サラダ菜と焼き豚である。砥部焼の大皿の真ん中に野菜ジュースのグラスを置き八切りにいしたものを並べた。

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3月14日のザ・モーニングセット


 デザートは、ブドウにバナナを挟んだタイプで飾り付けた。

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3月14日のフルーツフルデザート

 今日の万葉歌碑は、佐保川堤の大伴坂上郎女である。

 

●万葉歌碑を訪ねて―その10―

 「うちのぼる佐保の河門の青柳は春べとなりにけるかも」

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佐保川堤 万葉歌碑(大伴坂上郎女


 ◆打上(うちのぼる) 佐保能河原之(さほのかはらの) 青柳者(あおやぎは) 今者春部登(いまははるへと) 成尓鶏類鴨(なりにけるかも)

                    (大伴坂上郎女 巻八 一四三三)

 

(略訳)ちょっと、のぼって見る佐保の川原の青柳は、もうすっかり春の風情となったことだなあ

 

(注)うち上る:「うち」は接頭語、

    ①ちょっと、ふと 「うち見る」「うち聞く」など

    ②すっかり 「うち絶ゆ」「うち曇る」など 

    ③勢いよく 「うち出(い)づ」「うち入る」など

(注)春べ:春のころ

 

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青柳のイメージ(近鉄京都線高の原駅近くの渋谷川沿い)

 この歌は、万葉集巻第八 春雑歌に収録されている。題詞「大伴坂上郎女柳歌二首」の一つである。もう一首を見てみる。

 

◆吾背兒我(わがせこが) 見良牟佐保道乃(みらむさほぢの) 青柳乎(あおやぎを) 手折而谷裳(たをりてだにも) 見縁欲得(みむよしもがな)

                    (大伴坂上郎女 巻八 一四三二)

 

(略訳)愛しいあなたが見ているでしょうね、佐保の道の青柳を せめて手折りてでも見る手立てがないものだろうか

 

(注)もがな:文末にあって強い願望をあらわす

 

 大伴坂上郎女は、万葉集第四期を代表する歌人であり、その歌風は後の世の歌に影響を与えたという。

 たとえば巻四の「相聞」に収録されている、甥の大伴駿河麻呂との互いの居場所を訪ねあった歌とする左注がある歌に「心には忘るる日なく思へども人の言こそ繁き君にあれ(郎女 巻四 六四七)」がある。また、同じく、いとこ同士の安倍虫麻呂との歌においては、人目をしのぶ間柄のような歌がある。「恋ひ恋ひて逢ひたるものを月しあれば夜はこもるらむしましはあり待て(同 巻四 六六七)」

 歌碑を訪ねて(その7)であげた、家持との歌も、雑歌に分類されているが、内容的には「相聞」に近いものである。「恋歌」のやり取りを装う歌であり、歌のやり取りの場でかわされた歌ではないかと思われる。犬養 孝氏は、その著(「万葉の人びと」<新潮文庫>)の中で、「この人<郎女のこと>の歌などを見ていますと、恋というものの、素朴な、熱烈な恋ということから、少しづつ貴族社会の社交的なものになっていく匂いも、この人の作品の中にはあると思われます。初期万葉から、だんだん平安の方へとつながる要素になるわけです」と語っておられる。

 極端に言えば、歌を詠う(うたう)から、歌を詠む(よむ)、そして歌を作る流れが出来上がってきたといえよう。口誦伝承から記述を前提とした歌へと、さらには「戯れ的な」歌へと変貌を遂げていくのである。

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉の人々」 犬養 孝 著 (新潮文庫

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「万葉ゆかりの地を訪ねて~万葉歌碑めぐり~」(奈良市HP)

★「weblio古語辞書」