万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その11改)―佐保川堤―万葉集 巻四 七一五

 ●歌は、「千鳥鳴く佐保の河門の清き瀬を馬うち渡し何時か通はむ」である。

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佐保川堤 万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、佐保川堤にある。

 

●歌をみていこう。

 

七一四から七二〇歌の歌群の題詞は、「大伴宿祢家持贈娘子歌七首」<大伴宿禰家持、娘子(をとめ)に贈る歌七首>である。

 

◆千鳥鳴 佐保乃河門之 清瀬乎 馬打和多思 何時将通

          (大伴家持 巻四 七一五)

 

≪書き下し≫千鳥鳴く佐保の川門(かはと)の清き瀬を馬うち渡しいつか通はむ

 

(訳)千鳥が鳴く佐保川の渡し場の清らかなせせらぎを、馬に鞭(むち)打ち渡って、あなたの所へ早く通いたいものだ。その日が来るのはいつのことか。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より

(注)かはと【川門】名詞:両岸が迫って川幅が狭くなっている所。川の渡り場。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

他の六首もみてみよう。

 

◆情尓者 思渡跡 縁乎無三 外耳為而 嘆曽吾為

            (大伴家持 巻四 七一四)

 

≪書き下し≫心には思ひわたれどよしをなみ外(よそ)のみにして嘆きぞ我(あ)がする

 

(訳)心では思いつづけているけれど、逢うきっかけもないまま、離れてばかりいて嘆いている私です。(同上)

(注)よし【由】名詞:①理由。いわれ。わけ。②口実。言い訳。③手段。方法。手だて。④事情。いきさつ。⑤趣旨。⑥縁。ゆかり。⑦情趣。風情。⑧そぶり。ふり。(学研)ここでは②の意

(注)よそ【余所】名詞:①離れた所。別の所。②別の人。他人。(学研)ここでは①の意

 

 

◆夜晝(よるひると) 云別不知(いふわきしらず) 吾戀(あがこふる) 情蓋(こころはけだし) 夢所見寸八(いめにみえきや)

          (大伴家持 巻四 七一六)

 

≪書き下し≫夜昼といふわき知らず我(わ)が恋ふる心はけだし夢(いめ)に見えきや

 

(訳)夜か昼かの見さかいもつかずにあなたに恋い焦がれる私の心のほどは、もしやあなたの夢に現われたしょうか。(同上)

(注)わき【別き・分き】名詞;①区別。けじめ。②分別。思慮。(学研)ここでは①の意

(注)けだし【蓋し】副詞:①〔下に疑問の語を伴って〕ひょっとすると。あるいは。②〔下に仮定の表現を伴って〕もしかして。万一。③おおかた。多分。大体。(学研)

 

 

◆都礼毛無 将有人乎 獨念尓 吾念者 惑毛安流香

          (大伴家持 巻四 七一七)

 

≪書き下し≫つれもなくあるらむ人を片思(かたもひ)に我(あ)れは思へばわびしくもあるか

 

(訳)私にまるで関心のなさそうな人なのに、そんな人を片思いに思っているので、私は何ともわびしくてたまらない。(同上)

 

 

◆不念尓 妹之咲儛乎 夢見而 心中二 燎管曽呼留

          (大伴家持 巻四 七一八)

 

≪書き下し≫思はぬに妹が笑(ゑま)ひを夢に見て心のうちに燃えつつぞ居(を)る

 

(訳)思いもかけずあなたの笑顔を夢に見て、心の中でますます恋心をたぎらせています。(同上)

(注)思はぬに:思いもかけず。

 

 

◆大夫跡 念流吾乎 如此許 三礼二見津礼 片念男責

           (大伴家持 巻四 七一九)

 

≪書き下し≫ますらをと思へる我(わ)れをかくばかりみつれにみつれ片思(かたもひ)をせむ

          

 

(訳)ひとかどの男子と思っている私なのに、何でこんなに身も心も痩せ衰えて、片思いに沈まねばならないのか。(同上)

(注)みつる【羸る】[動ラ下二]:やつれる。疲れはてる。(weblio辞書 デジタル大辞泉

 

 

◆村肝之(むらきもの) 情揣而(こころくだけて) 如此許(かくばかり) 余戀良苦乎(あがこふらくを) 不知香安類良武(しらじかあるらむ)

            (大伴家持 巻四 七二〇)

 

≪書き下し≫むらきもの心砕けてかくばかり我(あ)が恋ふらくを知らずかあるらむ

 

(訳)むらきもの心も千々に砕けて、これほどまでに私が恋い焦がれているのに、この苦しみをあの人は結局知ってもくれずにいるというのか。(同上)

(注)むらきもの【群肝の】分類枕詞:「心」にかかる。心は内臓に宿るとされたことからか。「むらぎもの」とも。(学研)

 

 大伴家持が「娘子」に贈った歌はこのほかに、六九一、六九二、七八二、七八三、七八四の五首がある。上述の七首と合わせて三回、一二首贈っているが、「娘子」からの返歌は一首もない。家持の「娘子」は架空の相手だからではないかと言われている。大伴坂上郎女のケースでも触れたが、相聞贈答歌として収録されているものには、このような「遊びの要素」が含まれていると考えられる

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「別冊國文學 万葉集必携」稲岡耕二 編 (學燈社

★「万葉の人びと」犬養 孝 著 (新潮文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「万葉ゆかりの地をたずねて~万葉歌碑めぐり~」(奈良市HP)

 

※20211025朝食関連記事削除、一部改訂