万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その12改)―ホテルリガーレ春日野(旧 春日野荘)前庭―巻八 一四三二

 今日は、大伴坂上郎女の人物像に迫ってみたい。大伴家持を後ろ盾となって、歌人に育て上げたことは言うまでもない。犬養 孝氏はその著のなかで、「なによりも彼女は本当の歌人であり、歌作りといえましょう。」と述べておられる。

 

万葉歌碑を訪ねて―その12改―

●歌は、「わが背子が見らむ佐保道の青柳を手折りてだにも見むよしもがも」である。

f:id:tom101010:20190316223632j:plain

法蓮町(旧)春日野荘前庭 万葉歌碑(大伴坂上郎女

●歌碑は、ホテルリガーレ春日野(旧 春日野荘)前庭にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆吾背兒我 見良牟佐保道乃 青柳乎 手折而谷裳 見縁欲得

                    (大伴坂上郎女 巻八 一四三二)

 

≪書き下し≫我が背子(せこ)が見らむ佐保道(さほぢ)の青柳(あをやぎ)を手折(たを)りてだにも見むよしもがも

 

(訳)あの方がいつもご覧になっているにちがいない佐保道の青柳を、せめて一枝なりと手折って見るすべがあったらよいのに。(「万葉集 二」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)よし【由】名詞:手段。方法。手だて(学研)

(注)もがな 終助詞≪接続≫体言、形容詞や打消・断定の助動詞の連用形などに付く。:〔願望〕・・・があったらなあ。・・・があればいいなあ。(学研)

 

 

 この歌は、題詞「大伴坂上郎女柳歌二首」の一首である。もう一首もみてみよう。

 

 ◆打上 佐保能河原之 青柳者 今者春部登 成尓鶏類鴨

                  (大伴坂上郎女 巻八 一四三三)

 

≪書き下し≫うち上(のぼ)る佐保の川原(かはら)の青柳は今は春へとなりにけるかも

 

(訳)馬を鞭(むち)打っては上る佐保の川原の柳は、緑に芽吹いて、今はすっかり春らしくなってきた。(同上)

(注)うち上る:私が遡って行く。

(注の注)うち【打ち】接頭語:〔動詞に付いて、語調を整えたり下の動詞の意味を強めて〕①ちょっと。ふと。「うち見る」「うち聞く」②すっかり。「うち絶ゆ」「うち曇る」③勢いよく。「うち出(い)づ」「うち入る」 ⇒語法動詞との間に助詞「も」が入ることがある。「うちも置かず見給(たま)ふ」(『源氏物語』)〈下にも置かずにごらんになる。〉

⇒注意 「打ち殺す」「打ち鳴らす」のように、打つの意味が残っている複合語の場合は、「打ち」は接頭語ではない。打つ動作が含まれている場合は動詞、含まれていない場合は接頭語。「うち」は接頭語、(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)はるべ【春方】名詞:春のころ。春。 ※古くは「はるへ」(学研)

 

 

 大伴坂上郎女は、大伴旅人が亡くなって後に、一族の「家刀自」(いえとじ:大伴一族をとりしきる主婦)となっている。天平五年に大伴氏を代表して、大伴の氏神をお祭りした時。坂上郎女が大伴家の先祖の神々に祈った次の祭神歌(題詞「大伴坂上郎女祭神歌一首幷短歌」による)を詠っている。

 

◆久堅之 天原従 生来 神之命 奥山乃 賢木之枝尓 白香付 木綿取付而 齊戸乎 忌穿居 竹玉乎 繁尓貫垂 十六自物 膝析伏 手弱女之 押日取懸 如此谷裳 吾者祈奈牟 君尓不相可聞

                (大伴坂上郎女 巻三 三七九)

 

≪書き下し≫ひさかたの 天(あま)の原(はら)より 生(あ)れ来(き)たる 神の命(みこと) 奥山の 賢木(さかき)の枝(えだ)に 白香(しらか)付け 木綿(ゆふ)取り付けて 斎瓮(いはひへ)を 斎(いは)ひ掘り据(す)ゑ 竹玉(たかたま)を 繁(しじ)に貫(ぬ)き垂(た)れ 鹿(しし)じもの 膝(膝)折り伏して たわや女(め)の 襲(おすひ)取り懸(か)け かくだにも 我(わ)れは祈(こ)ひなむ 君に逢はじかも

 

(訳)高天原の神のみ代から現われて生を継いで来た先祖の神よ。奥山の賢木の枝に、白香(しらか)を付け木綿(ゆう)を取り付けて、斎瓮(いわいべ)をいみ清めて堀り据え、竹玉を緒(お)にいっぱい貫き垂らし、鹿のように膝を折り曲げて神の前にひれ伏し、たおやめである私が襲(おすい)を肩に掛け、こんなにまでして私は懸命にお祈りをしましょう。それなのに、我が君にお逢いできないものなのでしょうか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)しらか【白香】名詞:麻や楮(こうぞ)などの繊維を細かく裂き、さらして白髪のようにして束ねたもの。神事に使った。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)ゆふ【木綿】名詞:こうぞの樹皮をはぎ、その繊維を蒸して水にさらし、細く裂いて糸状にしたもの。神事で、幣帛(へいはく)としてさかきの木などに掛ける。(学研)

(注)いはひべ【斎ひ瓮】名詞:神にささげる酒を入れる神聖な甕(かめ)。土を掘って設置したらしい。(学研)

(注)たかだま【竹玉・竹珠】名詞:細い竹を短く輪切りにして、ひもを通したもの。神事に用いる。(学研)

(注)しじに【繁に】副詞:数多く。ぎっしりと。びっしりと。(学研)

(注)ししじもの【鹿じもの・猪じもの】分類枕詞:鹿(しか)や猪(いのしし)のようにの意から「い這(は)ふ」「膝(ひざ)折り伏す」などにかかる。(学研)

(注)おすひ【襲】名詞:上代上着の一種。長い布を頭からかぶり、全身をおおうように裾(すそ)まで長く垂らしたもの。主に神事の折の、女性の祭服。(学研)

(注)だにも 分類連語:①…だけでも。②…さえも。 ※なりたち副助詞「だに」+係助詞「も」

(注)君に逢はじかも:祖神の中に、亡夫宿奈麻呂を封じ込めた表現

 

 題詞は、「大伴坂上郎女祭神歌一首并短歌」<大伴坂上郎女、神を祭る歌一首并せて短歌>である。 

 

 反歌(三八〇歌)もみてみよう。

◆木綿疊 手取持而 如此谷母 吾波乞甞 君尓不相鴨 

                  (大伴坂上郎女 巻三 三八〇)

 

≪書き下し≫木綿畳(ゆふたたみ)手に取り持ちてかくだにも我(わ)れは祈(こ)ひなむ君に逢はじかも

 

(訳)木綿畳を手に掲げ持って神の前に捧(ささ)げ、私はこんなにまでしてお祈りしましょう。なのに、それでも我が君にお逢いできないものなのでしょうか。(同上)

(注)ゆふたたみ【木綿畳】名詞:「木綿(ゆふ)」を折り畳むこと。また、その畳んだもの。神事に用いる。「ゆふだたみ」とも。(学研)

 

 左注は、「右歌者 以天平五年冬十一月供祭大伴氏神之時 聊作此歌 故日祭神歌」<右の歌は、天平の五年の冬の十一月をもちて、大伴の氏(うじ)の神(かみ)を供祭(まつ)る時に、いささかにこの歌を作る。故(ゆゑ)に神を祭る歌といふ。>である。

(注)天平五年:733年

 

 先に書いたように、郎女は、大伴一族の後見役となり世話役の務めを果たしていく。大伴一族の行事や公式的な歌も作っている。それだけに気丈な面を持っている。次の二首にはそのような性格がうかがい知れるのである。

 

 大伴坂上郎女の歌を二首あげてみる。

◆「人事(ひとごと)を 繁みや君を 二鞘(ふたさや)の 

              家をへだてて 恋ひつつをらむ」(巻四 六八五)

 ひとのうわさがうるさいゆえに、あなたに直接逢うことなく、家をへだてて恋つづけていられましょうか、とはばかり暮らす男性をはげましている。郎女の性格が表れている。

 

◆「青山を 横ぎる雲の いちじろく 

             我と笑(え)まして 人に知らゆな」(巻四 六八八)

 青山の上を横切っている白い雲のように、 目立つまでに 私に笑みを浮かべていますが、人に知られないように、の意で、相手の男をたしなめている。これも郎女らしい歌である。 

   

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「國文學 第23巻5号」万葉集の詩と歴史 (學燈社

★「萬葉集相聞の世界」 伊藤 博 著 (塙書房

★「万葉の恋歌」 堀内民一 著 (創元社) 

★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫

★「万葉の小径 さかきの歌碑」

★「weblio古語辞典」

★「万葉ゆかりの地を訪ねて~万葉歌碑めぐり~」(奈良市HP)

 

※20230405朝食関連記事削除、一部改訂