万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

ザ・モーニングセット&フルーツフルデザート190325(万葉歌碑を訪ねて―その22―石川女郎)

●サンドイッチの中味は、レタスとキャベツそして豚カツである。いろいろと話題になっている、ふるさと納税の返礼の豚カツ用の豚肉を使っている。味わい深い豚カツである。豪華なサンドイッチとあいなった。

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3月25日のザ・モーニングセット

 デザートは、りんごをベースに三次元的構成に持ち込んだ。日々の挑戦は続く、である。

 

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3月25日のフルーツフルデザート

 昼過ぎから、庭いじりをした。抜いた雑草や植え替えた古い土を処分するため、庭の片隅をシャベルで掘り返す。いつものことであるが、百舌鳥が音を聞きつけて、どこからか飛んでくる。フェンスに止まってじっと掘り返したところを見ている。飛び降りるや虫をついばんでいる。人の目では、虫なんか確認できないのに、良く見えるものである。2mぐらいまで近づいて写真を撮っても逃げない。人懐っこいところがある。

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やって来た百舌鳥

 庭の手水鉢の水を入れ替え、作業終了。家に入る。サーと窓際を横切る鳥の姿。もしやと見に行くとちゃっかり一番風呂ではないが水浴びしている。部屋の中からスマホでの撮影を試みる。水浴びは終わってフェンスの上で身づくろいをしている。昼食付き日帰り入浴みたいな百舌鳥である。かわいい鳥である。

 

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水浴び後身づくろいする百舌鳥

 

 脱線したが、今日の歌は石川女郎(いらつめ)である。離縁され悲しみと恨めしさの気持ちを詠んだ歌である。

 

●万葉歌碑を訪ねて―その22―

 「大き海の水底ふかく思ひつつ裳引き平らしし菅原の里」

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喜光寺万葉歌碑(石川女郎)

 

 この歌碑は、奈良市菅原町の喜光寺境内にある。入場した際いただいたパンフレットによると、「喜光寺は、奈良の都のほぼ中央に当たる平城京右京三条三坊に位置し、養老五年(721年)行基菩薩によって創建された。古くは『菅原寺』と呼ばれています。行基菩薩は東大寺造営に当たり、喜光寺の本堂を参考にされたという伝承から、この寺は『試みの大仏殿』として知られています。菅原の里は菅原道真公の誕生の地といわれている」とある。

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喜光寺本堂

 寺の前の通りは阪奈道路であり、何度も前を通っていた。以前は本堂が直接見え、古びた寺だなと思っていただけであった。最近(パンフレットによると平成22年落慶)、南大門が新しくなり一度は行ってみたいと思っていた。

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喜光寺南大門

 

◆於保吉宇美能(おほきうみの) 美奈曽己布可久(みなそこふかく) 於毛比都ゝ(おもひつつ) 毛婢伎奈良之思(もびきならしし) 須我波良能佐刀(すがはらのさと)

                  (石川女郎 巻二十 四四九一)

 左注は、「右一首藤原宿奈麻呂(すくなまろ)朝臣之妻石川女郎薄愛離別悲恨作歌也」

 

(略訳)大きな海の水底が深いように(あなたのことを)思いながら、裳の裾を引いて(あなたをお待ちして)いましたことがあった、菅原の里であることよ。

 左注にあるように、石川女郎が藤原宿奈麻呂から愛が薄れ離別されたことを悲しく恨みながら作った歌である。

 

(注)裳引き:女性が裳の裾を長引きずること

(注)裳:上代、女性が腰から下を覆うように纏った衣服

(注)ならす:平らにする

 

 石川郎女、石川女郎に関しては万葉集には、八首の歌が収録されているが、すべて同一人物であるとみるのは困難であるといわれている。最大公約数的四人説を軸に諸説があるようである。

 ちなみに、精選版日本国語大辞典の解説によれば次の通りである。

  ①久米禅師と歌を贈答した女性。 巻二 九七・九八の作者

  ②大津皇子の贈歌に対して答えた女性。 巻二 一〇八の作者

  ③日並皇子(ひなめしのみこ)と歌を贈答し、字を大名児(おおなこ)

   という女性。 巻二 一一〇の題詞に見える。

  ④大伴田主の求婚し拒絶された女性。あるいは大名児と同人か。 

   巻二 一二六・一二八四の作者。

  ⑤大伴安麻呂の妻で坂上郎女の母。石川朝臣、石川命婦(ひめとね)、

   石川内命婦、邑波(おおば)ともいう。巻二 一二九の作者

  ⑥藤原宿奈麻呂朝臣の妻。 巻二〇 四四九一の左注に見える。

{補注}②③④は同一人物かといわれている。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「万葉ゆかりの地を訪ねて~万葉歌碑めぐり」(奈良市HP)

★「行基菩薩の寺 法相宗別格本山 喜光寺」(パンフレット)

★「精選版日本国語大辞典の解説」

★「weblio古語辞書」