●歌は、「をみなえし佐紀沢に生ふる花かつみかつても知らぬ恋もするかも」である。
●歌碑は、水上池北面したところにひっそりと建っている。
●歌をみていこう。
◆娘子部四 咲澤二生流 花勝見 都毛不知 戀裳摺可聞
(中臣女郎 巻四 六七五)
≪書き下し≫をみなえし佐紀沢(さきさわ)に生(お)ふる花かつみかつても知らぬ恋もするかも
(訳)おみなえしが咲くという佐紀沢(さきさわ)に生い茂る花かつみではないが、かつて味わったこともないせつない恋をしています。(「万葉集 一」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)「をみなえし」:「佐紀」の枕詞。咲くの意。
(注)さきさわ(佐紀沢):平城京北一帯の水上池あたりが湿地帯であったところから
このように呼ばれていた。
(注)はなかつみ【花かつみ】名詞:水辺に生える草の名。野生のはなしょうぶの一種か。歌では、序詞(じよことば)の末にあって「かつ」を導くために用いられることが多い。芭蕉(ばしよう)が『奥の細道』に記したように、陸奥(みちのく)の安積(あさか)の沼(=今の福島県郡山(こおりやま)市の安積山公園あたりにあった沼)の「花かつみ」が名高い。「はながつみ」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)かつて【曾て・嘗て】副詞:〔下に打消の語を伴って〕①今まで一度も。ついぞ。②決して。まったく。 ⇒ 参考 中古には漢文訓読系の文章にのみ用いられ、和文には出てこない。「かって」と促音にも発音されるようになったのは近世以降。(学研)
六七五から六七九歌の歌群の、題詞は、「中臣女郎(なかとみのいらつめ)贈大伴宿祢家持歌五首」とある。
すべてみてみよう。
◆海底 奥乎深目手 吾念有 君二波将相 年者経十万
(中臣女郎 巻四 六七六)
≪書き下し≫海(わた)の底奥(おき)を深めて我(あ)が思へる君には逢はむ年は経(へ)ぬとも
(訳)海の底のように心の奥底に秘めて私が思っているあの人には、きっと逢いたい。年月はどんなに経(た)とうとも(同上)
(注)わたのそこ【海の底】分類枕詞:海の奥深い所の意から「沖(おき)」にかかる。(学研)
◆春日山 朝居雲乃 欝 不知人尓毛 戀物香聞
(中臣女郎 巻四 六七七)
≪書き下し≫春日山(かすがやま)朝居(ゐ)る雲のおほほしく知らぬ人にも恋ふるものかも
(訳)それにしても、人というものは、春日山に朝かかっている雲のように、見通しのない晴れぬ気持ちで、まだ見たこともない人に心を燃やすことがあるものだなあ。(同上)
(注)おほほし 形容詞:①ぼんやりしている。おぼろげだ。②心が晴れない。うっとうしい。③聡明(そうめい)でない。 ※「おぼほし」「おぼぼし」とも。上代語。(学研)
◆直相而 見而者耳社 霊剋 命向 吾戀止眼
(中臣女郎 巻四 六七八)
≪書き下し≫直(ただ)に逢ひて見てばのみこそたまきはる命に向(むか)ふ我(あ)が恋やまめ
(訳)じかにあの人に逢ってこの目でとらえてその時こそ、この命がけの恋もはおさまるのでしょうが・・・。はたしてそれができるかどうか。(同上)
(注)たまきはる【魂きはる】分類枕詞:語義・かかる理由未詳。「内(うち)」や「内」と同音の地名「宇智(うち)」、また、「命(いのち)」「幾世(いくよ)」などにかかる。(学研)
(注)いのちにむかふ【命に向かふ】分類連語:命に匹敵する。命がけである。(学研)
◆不欲常云者 将強哉吾背 菅根之 念乱而 戀管母将有
(中臣女郎 巻四 六七九)
≪書き下し≫いなと言はば強(し)ひめや我(わ)が背菅(すが)の根(ね)の思ひ乱れて恋ひつつもあらむ
(訳)いやだとおっしゃるのなら無理じいするものですか、あなた。長い菅の根のように思い乱れながらも、私はいつまでもお慕いすることにします。(同上)
(注)いな【否】感動詞:①いえ。いいえ。▽相手の問いに対して、それを否定するときに発する語。②いやだ。いいえ。▽相手の言動に対する不同意を表す語。(学研)
(注)すがのねの【菅の根の】分類枕詞:①すげの根が長く乱れはびこることから「長(なが)」や「乱る」、また、「思ひ乱る」にかかる。②同音「ね」の繰り返しで「ねもころ」にかかる。(学研)
中臣女郎は家持に、この五首を贈っている。まだ見ぬ家持を慕っている歌であるが、家持からの歌はない。
国道24号線から法華寺前を経て、磐の媛命陵を目指す。途中には、宇和奈辺陵と小奈辺陵がある。歌碑は、水上池北側に位置している。池越しに平城京の大極殿が遠望できる。平城の世にタイムスリップした感じがある。
平城京がある辺りは佐紀町であるが、この北側には佐紀池、御前池、上吉堂池、ハジカミ池などが点在している。このあたりが佐紀沢と呼ばれていたのだろう。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉ゆかりの地を訪ねて~万葉歌碑めぐり」(奈良市HP)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
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