―その33の2―
前稿―その33の1―で巻十 一八五四から一八六三歌まで紹介した。今日は、その残りを紹介していく。
<歌碑の歌>「見渡せば春日の野辺に霞立ち咲きにほへるは桜花かも」
(作者未詳 巻十 一八七二)
「万葉ゆかりの地を訪ねて~万葉歌碑めぐり~」(奈良市HP)によると、「この歌碑は奈良公園の入口ともいえる県庁の東側、雲井坂と呼ばれたあたりにあります。雲井坂は南都八景の一つに数えられています。」とある。
ここにいう「南都八景」とは、東大寺の鐘、南円堂の藤、佐保川の蛍、猿沢池の月、 春日野の鹿、三笠山の雪、雲井坂の雨、轟橋の旅人である。
この歌碑のあるところから西を眺めれば、遠く生駒山が望める。今はビルが建ち当時の面影は全くないが、県庁の屋上から眺めれば時間軸、空間軸をプラスマイナスすればわかるような気がする。
それでは、前回の続きの一八六四からみていこう。
◆足日木之(あしひきの) 山間照(やまのまてらす) 櫻花(さくらばな) 是春雨尓(このはるさめに) 散去鴨(ちりゆかむかも)
(作者未詳 巻十 一八六四)
(略訳)山間に照り映えている桜花、この春雨に打たれて散ってゆくのかなぁ
(注)あしひきの:枕詞。「山」「峰」などにかかる。かかる理由は未詳。
(注)やまのま:①空の、山の稜線に接するあたり。
②山のほとり。山のそば。
(注)てる:①光り輝く
②美しく輝く。照り映える。
(注)かも:体言や活用語の連体形などに付く。(疑問)~か(なあ)。~なのか
◆打靡 (うちなびく) 春避来之(はるさりくらし) 山際 (やまのまの) 最木末乃(とほきこぬれの) 咲徃見者(さきゆくみれば)
(作者未詳 巻十 一八六五)
(略訳)ようやく待ちかねていた春がやっと来たらしい 山あいの梢の花がつぎつぎと咲いてゆくのを見ると
(注)うちなびく:(枕詞)なびくようすから、「草」「黒髪」にかかる。
また、春になると草木の葉がもえ出て盛んに茂り、なびくことから、
「春」にかかる。
(注)こぬれ:木の枝の先端。こずえ。
◆春雉鳴 (きぎしなく) 高圓邊丹(たかまとのへに) 櫻花(さくらばな) 散流歴(ちりてながらふ) 見人毛我母(みむひともがも)
(作者未詳 巻十 一八六六)
(略訳)雉が鳴いている高円山の野辺に咲く桜の花は、散りながら漂う 一緒に見る人がて欲しいことよ
(注)きぎし:きじの古名。「きぎす」とも。
(注)ながらふ(流らふ):①流れ続ける。静かに降り続ける。
◆阿保山之(あほやまの) 佐宿木花者 (さくらのはなは) 今日毛鴨(けふもかも) 散乱(ちりまがふらむ) 見人無二(みるひとなしに)
(作者未詳 巻十 一八六七)
(略訳)阿保山の桜の花は 今日も散り乱れていることだろう 見る人もないままに
◆川津鳴(かはずなく) 吉野河之(よしののかはの) 瀧上乃(たきのうえの) 馬酔之花會(あしびのはなぞ) 置末勿動(はしにおくなゆめ)
(作者未詳 巻十 一八六八)
(略訳)カジカガエルが鳴く吉野の川の滝の上に咲く 馬酔木の花であるから 決して粗末にしないでほしい
(注)はしにおく:粗末にする
◆春雨尓(はるさめに) 相争不勝而(あらそひかねて) 吾屋前之(わがやどの) 櫻花者(さくらのはなは) 開始尓家里(さきそめにけり)
(作者未詳 巻十 一八六九)
(略訳)春雨にも逆らうこともなく我が家の桜の花は 咲いてくれましたよ
◆春雨者(はるさめは) 甚勿零(いたくなふりそ) 櫻花(さくらばな) 未見尓 (いまだみなくに) 散巻惜裳(ちらまくをしも)
(作者未詳 巻十 一八七〇)
(略訳)春雨よ そのように激しく降らないでほしい 桜の花が見ていない間にきってしまうのが惜しいから
◆春去者 (はるされば) 散巻惜(ちらまくをしき) 梅花 (うめのはな) 片時者不咲(しましはさかず) 含而毛欲得(ふふみてもがも)
(作者未詳 巻十 一八七一)
(略訳)春になると散りゆくことが惜しまれる梅の花 しばらくの間咲かないでつぼみのままでいてほしいものよ
(注)しまし:しばらくの間
(注)ふふむ(含む):花や葉がふくらんで、まだ開ききらないでいる。
つぼみのままである。
◆何時鴨(いつしかも) 此夜乃将明(このよのあけむ) 鴬之(うぐいすの) 木傳落 (こづたひちらす) 梅花将見(うめにはなみむ)
(作者未詳 巻十 一八七三)
(略訳)いったい、いつになったらこの夜は明けるのか 鴬が枝から枝へと飛び移っては散らす 梅の花を早く見たいものだ
今日、佐保川の桜を見に行った。川面に垂れる桜花。行きかう人はカメラを構えて絶景ポイントを狙っている。川堤には、万葉歌碑が建っているが、カメラを向ける人はいない。
「令和」で万葉集ブームが到来という。
確かに、四月四日に立ち寄った本屋では、新版「万葉集」現代語訳付き(伊藤 博 訳注)も「三」「四」が、各一冊残っていたが、「一」「二」は売り切れで、当分入荷の見込みはないとのことであった。ネットで調べてみても「一」は案内もなく、「二」は入荷待ちとなっていた。とりあえず、「三」「四」は購入し、ネットで「二」は発注しておいた。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「大和万葉―その歌の風土」 堀内民一 著 (創元社)
★「万葉ゆかりの地を訪ねて~歌碑めぐり~」(奈良市HP)
★「Weblio古語辞書」
※20210513朝食関連記事削除、一部改訂