万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

「今、案(かむが)ふるに、御井にして作るところに似ず」と素直な気持ちを記しているところが微笑ましい。(万葉歌碑を訪ねて―その48―)

●今日の万葉歌碑は、奈良市都祁友田町にある都祁分水神社(つげみくまりじんじゃ)境内にある。長田王の歌で、万葉集巻一 八一に収録されている。続いて、八二、八三と歌があるが、八三の左中に、「右の二首は今案(かむが)ふるに、御井にして作るところに似ず。けだし、その時に誦(よ)む古歌か。」と編纂者の思いが書いてある。

 ほぼ編纂は終わったが、「今案(かむが)ふるに」どうもしっくりこない。「御井にして作るところに似ず」ではないのか、と、すなおに思ったことを書き記し、伝え聞いているので、「その時に誦(よ)む古歌か」とおさめている。

 なぜか、ほほえましく思ってしまう。

 

●サンドイッチは、サンチュと焼き豚である。りんごを使うときは、なぜか立体的な構図にしたいと考えてしまう。

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4月19日のザ・モーニングセット

 

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4月19日のフルーツフルデザート

●万葉歌碑を訪ねて―その48―

 「山の邊の御井を見がてり神風の伊勢少女ども相みつるかも」 

 この歌碑は都祁分水神社(つげみくまりじんじゃ)境内にある。

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都祁分水神社境内 山邊の御井脇の万葉歌碑(長田王)

 

◆山邊乃(やまのべの) 御井乎見我弖利(みゐをみがてり) 神風乃(かむかぜの) 伊勢處女等(いせをとめども) 相見鶴鴨(あひみつるかも)

                (長田王 巻一 八一)

 

(訳)山辺御井(みい)、この御井を見に来て、はからずも、神風吹く伊勢のおよめたちに出逢うことができた。(伊藤 博著「万葉集 一」角川ソフィア文庫より)

(注)かむかぜの【神風の】:枕詞。地名「伊勢」にかかる。「かみかぜの」とも。

平安時代後期以降は「かみかぜや」が一般的。

 

 題詞は、「和銅五年壬子夏四月遣長田王于伊勢神宮時山邊御井作歌」とある。

和銅五年<712年>壬子(みづのえね)の夏の四月に、長田王于(を)伊勢の斎宮(いつきのみや)に遣(つか)はす時に、山邊(やまのへ)の御井(みい)にして作る歌」

 

 なら旅ネット<奈良県観光公式サイト>によると、都祁分水神社は、「大和国水分四社(都祁、宇太、吉野、葛城)の一つで、古来から大和川と木津川の分岐を司る水の神として崇敬されてきた。(中略)神社北方にある『閼伽井』は、『山の辺の井』と称され、そばには萬葉集巻一『山邊の~』の歌が刻まれた古い灯籠が一基あり、伊勢斎宮の宿泊所(都介頓宮)として利用された名残を今に留めている」とある。

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山邊の御井(?)と歌碑(向こう側)

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神社と御井の石碑

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灯篭と鳥居

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参道と社

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本殿案内板

八二と八三の歌をみていこう。
 

浦佐夫流(うらさぶる) 情佐麻祢之(こころさまねし) 久堅乃(ひさかたの) 天之四具礼能(あめのしぐれの) 流相見者(ながらふみれば)

               (巻一 八二)

 

(訳)うら寂しい思いが胸いっぱいにひろがる。ひさかたの天のしぐれが宙に浮いてはらはらと流れ合っているのを見ると。

 

◆海底(わたのそこ) 奥津白浪(おきつしらなみ) 立田山(たつたやま) 何時鹿越奈武(いつかこえなむ) 妹之當見武(いもがあたりみむ)

               (巻一 八三)

(訳)海の奥の沖の白波が立つ、その立つという名の竜田山、あの山をいつ越えられるのであろうか。早くいとしいあの子の家のあたりを見たい。

 

 左注は、「右二首今案不似御井所作 若疑當時誦之古歌歟」とある。

 すなわち「右の二首は今案(かむが)ふるに、御井にして作るところに似ず。けだし、その時に誦(よ)む古歌か。」

 

 ほぼ編纂は終わったが、八二と八三の歌は、「今案(かむが)ふるに」どうもしっくりこない。「御井にして作るところに似ず」ではないのか、と疑問にいだいていたことを、すなおに書き記してある。そうはいうものの、伝え聞いているので編纂しては見たが、納得はできなが、それだとしたら「その時に誦(よ)む古歌か」、たぶんそうだろう、とおさめている。

 なぜか、ほほえましく思ってしまう。

 

 

(参考文献

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉ゆかりの地を訪ねて~歌碑めぐり~」(奈良市HP)

★「なら旅ネット<奈良県観光公式サイト>」

★「Weblio古語辞書」