万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その85改)―生駒市小明町 生駒市体育協会総合S.C.(旧名称 生駒市総合公園)―万葉集 巻十 二二〇一

●歌は、「妹がりと 馬に鞍置きて 生駒山打ち越え来れば 紅葉散りつつ」である。

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奈良県生駒市(旧)総合公園万葉歌碑(作者未詳)

 

●歌碑は、生駒市小明町 生駒市体育協会総合S.C.(旧名称 生駒市総合公園)にある。

 体育館やテニスコート、グランド等があり、かなりの広さである。受付窓口に直行する。テニスコート側の駐車場の入口の隅にあり、古びて字も見づらくなっていると教えてもらう。

 

 ●歌をみてみよう。

 

◆妹許跡 馬▼置而 射駒山 撃越来者 紅葉散筒

                (作者未詳 巻十 二二〇一) 

      ▼は「木へんに安」である。

 

≪書き下し≫妹がりと馬に鞍置きて生駒山うち越え来れば黄葉(もみぢ)散りつつ 

(訳)いとしい子のもとへと、馬に鞍を置いて、生駒山を鞭打ち越えてくると、もみじがしきりと散っている。(伊藤 博 著「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)いもがり【妹許】:愛する妻や女性のいる所。

「がり」は居所および居る方向を表す接尾語。

 

 万葉集の「もみぢ」で「紅葉」と表記している唯一の事例である。

 現代では、もみじは紅葉と書くが、万葉集の表記では、一字一音の「毛美知婆(もみちば)」のほかは、紅葉(一例)、赤葉(一例)、赤(二例)で、赤系統は計四例である。他は黄葉(七六例)、黄変(三例)、黄色(二例)、黄反(一例)と、黄系統は計八十八例にのぼっているという。(堀内民一著「大和万葉―その歌の風土」桜楓社)

 同著の中で、「万葉びとは、黄に紅に色付く木々の葉のいずれにも関心を示したのだが、黄系統が多いのは、やはり黄色のもみじにひろく愛着を感じたのであろう。」と述べられている。

 京都大学学術情報リポジトリKURENAI(紅)の西尾理恵氏の「国文学作品から見た日本のもみじ観とその成立過程」には、次のような興味深い記述がある(要約簡略記載している)。

「もみじ」については、日本固有の文字が存在せず、漢語に日本語の読みを当てはめるしかないため、当時の中国の表記に随ったのである。六朝から初唐にかけての中国で、もみじを表す語は「赤葉」や「紅葉」もあるにはあったが、主流は「黄葉」であった。

また、中国において、秋は老いを喚起させ哀しみを催す季節であった。一方、漢詩における「紅」は元来春の花の色で、かつ美しさや若さを表象する色でもあり、枯れ葉に冠するにはふさわしくなかったため、 「赤葉」や「紅葉」のもみじは希少だった

さらに、奈良周辺には落葉広葉樹が多く山が黄変すること多かったこと、などから、秋の黄葉は一般的だったと推察される。このため、中国からの「黄葉」表記が日本で受け入れられたのであろう。

 

➡赤系統の四例をみてみよう。

(1)「紅葉」(上述の歌)

 ◆妹許跡 馬■置而 射駒山 撃越来者 紅葉散筒

                (作者未詳 巻十 二二〇一) 

                   ■は「木へんに安」である。

 

(2)「赤葉」

 「赤葉」の例

◆霹靂之 日香天之 九月乃 鍾礼乃落者 鴈音文 未来鳴 甘南備乃 清三田屋乃 垣津田乃 池之堤之 百不足 五十槻枝丹 水枝指 秋赤葉 真割持 小鈴文由良尓 手弱女尓 吾者有友 引攀而 峯文十遠仁 捄手折 吾者持而徃 公之頭刺荷

               (作者未詳 巻十三 三二二三)

 

≪書き下し≫かむとけの 日香(ひかを)る空(そら)の 九月(ながつき)の しぐれの降れば 雁(かり)がねも いまだ来鳴(きな)かぬ 神(かむ)なびの 清き御田屋(みたや)の 垣(かき)つ田(た)の 池の堤(つつみ)の 百(もも)足らず 斎槻(いつき)の枝(えだ)に 瑞枝(みづえ)さす 秋の黄葉(もみちば) まき持てる 小鈴(こすず)もゆらに たわや女(め)に 我(わ)れはあれども 引き攀(よ)ぢて 峯(みね)もとををに ふさ手折(たを)り 我(わ)は持ちて行く 君がかざしに

 

(訳)雷が光って曇り渡る空のうち続く九月、その晩秋九月の時雨がようになると、雁がまだ来て鳴きもしないのに、神なびの清らかな御田屋の、垣内の田んぼの池の堤、その堤に生い立つ神々しい槻の木には、勢いよくさし延べた枝いっぱいに秋のもみじが輝く、その色鮮やかなもみじを、手に巻きつけているちっぽけな鈴もゆらゆらと鳴り響くほどに、か弱い女の身の私であはあるけれど、引きつかんで、槻の木の天辺(てっぺん)も撓(たわ)むばかりにどっさり折ろ取って私は持っていく、我が君の髪飾りのために。(伊藤 博 著「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

 

(3)「赤」の1例

◆秋芽子乃 下葉 荒玉乃 月乃歴去者 風疾鴨

              (作者未詳 巻十 二二〇五)

≪書き下し≫秋萩の下葉もみちぬあらたまの月の経(へ)ぬれば風をいたみかも

(訳)秋萩の下葉はすっかり色づいてきた。月が改まって、風が激しくなったからであろうか。(伊藤 博 著「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

(4)「赤」の2例

◆秋山之 木葉文未者 今旦吹風者 霜毛置應久

              (作者未詳 巻十 二二三二)

≪書き下し≫秋山の木の葉もいまだもみたねば今朝吹く風は霜も置きぬべく

(訳)秋山の木の葉もまだ色づいていないのに、今朝吹く風は、霜でも置きそうなほどだ。(伊藤 博 著「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二、三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「国文学作品から見た日本のもみじ観とその成立過程」 西尾理恵氏論文

京都大学学術情報リポジトリKURENAI)

★「weblio古語辞書」

★「奈良女子大万葉集データベース」