万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

橿原市は、6月13日、パンフレット「橿原の万葉歌碑めぐり~万葉人の心、千年を越えて 日本最初の歌集・万葉集~」を1万部作成したと公表(万葉歌碑を訪ねて―その113―)

橿原市観光政策課は、「万葉集にゆかりが深い橿原で、令和の時代に万葉びとの思いや情景を感じていただければ」との思いから、市内の万葉歌碑を紹介するパンフレット『橿原の万葉歌碑めぐり~万葉人の心、千年を越えて 日本最初の歌集・万葉集~』を1万部作成したと公表(6月13日)。

 

●サンドイッチは、レタス、トマトそして焼き豚である。デザートは、トンプソンとレッドグローブの切合わせを中心に飾り付けた。久しぶりに干しぶどうも使った。

f:id:tom101010:20190618224840j:plain

6月18日のザ・モーニングセット

f:id:tom101010:20190618224941j:plain

6月18日のフルーツフルデザート

●万葉歌碑を訪ねて(その113)

  「久方の天ゆく月を網にさしわが大君はきぬがさにせり」

 

f:id:tom101010:20190618225349j:plain

談山神社東大門万葉歌碑(柿本人麻呂

 この歌碑は、多武峰談山神社 東大門前にある。

 東大門は談山神社から約600mほど下ったところにある。

f:id:tom101010:20190618225612j:plain

談山神社碑と東大門)

 

 歌をみていこう。ただし、この歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて―その111―」で触れているのでそちらも参考にしていただければと思います。ここでは、この歌に関する部分のみ再掲載します。

 

◆久堅乃 天歸月乎 網尓刺 我大王者 盖尓為有

               (柿本朝臣人麻呂 巻二 二四〇)

 

≪書き下し≫ひさかたの天行く月を網(あみ)に刺し我(わ)が大君は盍(きぬがさ)にせり

 

(訳)天空高く渡る月、この月を網を張って捕えて、われらの大君は、今しも盍(きぬがさ)にしていらっしゃる。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)天行く月:月を背に夕狩りに出で立つ皇子の姿をこう言った。

(注)網に刺し:網を張って捕えて

(注)盍(きぬがさ):貴人のうしろからさしかける織物製の傘。

 

●現在、奈良県橿原市の万葉歌碑めぐりを行っている。事前に調べて行っても見つからないことがある。次回にそなえ、グーグルマップ等を使って確認するようにしている。土地勘的なものは一度行くと結構働くものである。

 昨日(6月17日)も検索していた時、「橿原市が、令和出典にちなみ、万葉歌碑めぐりのパンフレットを作成(6月13日付)」した旨の報じられていることを知った。

 

 「奈良新聞」には、「橿原市は市内の万葉歌碑を紹介するパンフレット『橿原の万葉歌碑めぐり~万葉人の心、千年を越えて 日本最初の歌集・万葉集~』を作成した。
 市内では香具山周辺をはじめ32カ所で万葉歌碑が建立されている。市には以前から歌碑に関する問い合わせが一定数あり、昨年度からパンフ作りに着手した。
 パンフはA3判、W折り(四つ折り)。表面には地図上で建立場所を図示。裏面には各歌碑に刻まれている歌と収録巻、作者、現代語訳、揮毫(きごう)者名を、歌碑の写真付きで記している。
 万葉集を典拠とした新元号「令和」に入り、問い合わせの数は増えているといい、市観光政策課は『万葉集にゆかりが深い橿原で、令和の時代に万葉びとの思いや情景を感じていただければ』と話す。
 1万部を作成。市役所や、市観光交流センター「かしはらナビプラザ」など市内の観光施設、宿泊施設などで配布している。
 問い合わせは同課、電話0744(22)4001。」と書いてある。

 これまで、橿原市HP(かしはら探訪ナビ>万葉歌碑)で、検索マップを参考にしていた。23の歌碑が紹介してある。記事によると32となっている。新しく建立したのではと思い、このパンフレットを早く手に入れたいものだと考えた。

 市役所に行く以上は、まだ巡っていないところを見に行くべく、計画をたてた。

畝尾都多本神社(うねおつたもとじんじゃ)➡天香具山➡天香山神社➡南浦町古池➡紀寺跡➡白橿町近隣公園の6か所である。そして帰路、橿原市役所に寄る計画である。

 これで残すは3か所となるので、増えた分を加え12か所を2回の計画で達成しようと考えたのである。

 今日(18日)は、まず畝尾都多本神社からスタート。次いで香具山に向かう。その途中に、奈良文化財研究所藤原宮跡資料室がある。

 

f:id:tom101010:20190618231011j:plain

奈良文化財研究所 都城発掘調査部

 ここも見ておこうと駐車場に入る。「建物跡」と書いてある。発掘後、遺構は地下に保存し、遺構の所在を敷地内に表示しているそうである。

f:id:tom101010:20190618231323j:plain

研究所資料室

 資料室に入り、パンフレットをもらう。

それによると、奈良文化財研究所 都城発掘調査部(飛鳥・藤原地区)が行っている調査研究の成果を見てもらうために設けてあるそうである。

 基準資料室では、飛鳥・藤原京諸寺の瓦や土器などが展示されていた。展示室では、藤原京造営に関する出土品が展示されている。木簡などの展示もあった。これまでにも木簡はいろいろなところで見てきたが、藤原京跡からの出土というだけで胸躍る思いである。

 見終えて、香具山に向かう。香具山観光トイレがあり、そこに車を止める。気の利いたスペースである。

 そこから登山口までも結構な登り坂である。登山口に舒明天皇の歌碑があった。そこから山裾を500mほどだらだらと下っていくと天香山神社(あまのかぐやまじんじゃ)に行き着く。そこには柿本人麻呂の歌碑があった。

そのあと、南浦町古池、紀寺跡、白橿町近隣公園と、ほぼ順調に計画をこなし、帰路、橿原市役所に。東駐車場に車をとめ、役所正面から入る。

f:id:tom101010:20190618231652j:plain

橿原市役所

 入ってすぐ左に資料やパンフレットが多数並べてある。お目当ての『橿原の万葉歌碑めぐり~万葉人の心、千年を越えて 日本最初の歌集・万葉集~』のパンフレットが置いてあったのでいただいて帰る。それによると、9か所は香具山・万葉の森の歌碑を9つ紹介して合計32になっているのである。万葉の森は6月4日に行って9つの歌碑を巡っているので、結局橿原市の歌碑は残り3か所である。次回完了予定。

 

f:id:tom101010:20190618231844j:plain

パンフレット「橿原の万葉歌碑めぐり」の表面

f:id:tom101010:20190618232009j:plain

パンフレット「橿原の万葉歌碑めぐり」の裏面


 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉歌碑をめぐる」(桜井市HP)

★「かしはら探訪ナビ>万葉歌碑」(橿原市HP)

★「奈良新聞(6月13日)」

★「パンフレット『橿原の万葉歌碑めぐり~万葉人の心、千年を越えて

         日本最初の歌集・万葉集~』」(橿原市

★「weblio古語辞典」