万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その153)―奈良県高市郡明日香村甘樫橋東詰め―万葉集 巻三 三五六

●歌は、「今日もかも 明日香の川の 夕去らずかはづ鳴く瀬の さやけくあるらむ」である。

 

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明日香村甘樫橋東詰め万葉歌碑(上古麻呂)

●歌碑は、奈良県高市郡明日香村 甘樫橋東詰にある。

 県道124号線雷交差点から約300m南に「あすか夢の楽市」という農産物直売所がある。その隣には、飛鳥埋蔵文化財展示室がある。歌碑は、直売所のトイレ側の県道沿いにある。歌碑の前は雑草がはびこり、撮影のために草抜きから始める。

 直売所入口の県道を挟んだ反対側に飛鳥川にかかる甘樫橋がある。その西端たもとには、「聖徳太子御誕生所 橘寺」の道標などが立っている。

 

●歌をみていこう。

◆今日可聞 明日香河乃 夕不離 川津鳴瀬之 清有良武 或本歌發句云明日香川今毛可毛等奈

                   (上古麻呂 巻三 三五六)

 

≪書き下し≫今日(けふ)もかも明日香の川の夕さらずかはづ鳴く瀬のさやけくあるらむ 或本の歌、発句には「明日香川今もかもとな」

 

(訳)今日もまた、明日香の川の、夕方になるといつも河鹿の鳴くあの瀬が、さぞかし清らかに流れていることであろう。<明日香川では、今もいたずらに>(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

 題詞は、「上古麻呂歌一首」<上古麻呂(かみのふるまろ)が歌一首>である。上古麻呂については伝未詳とある。

 

 飛鳥川は、万葉集に出て来る川としては、最多であり、初句索引で見ても、15首があげられており、いかに万葉びとの生活に密着していたかがうかがえる。この歌も、平城京遷都後、はるかに明日香の地を思いやり詠ったと思われる。飛鳥川の浅瀬では、夕方になると必ず鳴く河鹿の声と清らかに流れる川の光景が目に浮かび、口ずさんだのであろう。或る本で伝えられる「明日香川今もかもとな」は、今はその光景も目にすることはできないので、<明日香川では、今もいたずらに>と詠ったのであろう。

 

 初句に「明日香川」とある15首をみてみよう。

 

明日香川 四我良美渡之 塞益者 進留水母 能杼尓賀有萬思(一云水乃与杼尓加有益)(巻二 一九七)

≪書き下し≫明日香川しがらみ渡し塞(せ)かませば流るる水ものどにかあらまし <一には「水の淀にかあらまし」といふ>

 

明日香川 明日谷<一云佐倍>将見等 念八方<一云念香毛> 吾王 御名忘世奴<一云御名不所忘>(巻二 一九八)

≪書き下し≫明日香川(あすかがわ)明日(あす)だに<一には「さへ」という>見むと思へやも≪一には「思へかも」といふ>我が大君の御名(みな)忘れせぬ<一には「御名忘らえぬ」といふ>

 

明日香河 川余藤不去 立霧乃 念應過 孤悲尓不有國 (巻三 三二五)

≪書き下し≫明日香川川淀(かはよど)さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに

 

明日香川 七瀬之不行尓 住鳥毛 意有社 波不立目 (巻七 一三六六)

≪書き下し≫明日香川七瀬(ななせ)の淀(よど)に棲(す)む鳥も心あれこそ波立てざらめ

 

明日香川 湍瀬尓玉藻者 不逝有者 故霜有如 靡不相 (巻七 一三八〇)

≪書き下し≫明日香川瀬々(せぜ)に玉藻は生(お)ひたれどしがらみあれば靡(なび)きあはなくに

 

明日香河 逝廻丘之 秋芽子者 今日零雨尓 落香過奈牟 (巻八 一五五七)

≪書き下し≫明日香川行き廻(み)る岡の秋萩は今日(けふ)降る雨に散りか過ぎなむ

 

明日香河 黄葉流 葛木 山之木葉者 今之落疑 (巻十 二二一〇)

≪書き下し≫明日香川黄葉(もみぢば)流る葛城(かづらぎ)の山の木(こ)の葉は今し散るらし 

 

明日香川 明日文将渡 石走 遠心者 不思鴨 (巻十一 二七〇一)

≪書き下し≫明日香川明日も渡らむ石橋(いしばし)の遠き心は思ほえぬかも

 

飛鳥川 水往増 弥日異 戀乃増者 在勝吾者 (巻十一 二七〇二)

≪書き下し≫明日香川水行きまさりいや日異(ひけ)に恋のまさらばありかつましじ

 

明日香河 逝湍乎早見 将速登 待良武妹乎 此日晩津 (巻十一 二七一三)

≪書き下し≫明日香川行く瀬を早み早けむと待つらむ妹(いも)をこの日暮らしつ

 

飛鳥川 奈川柴避越 来 信今夜 不明行哉 (巻十二 二八五九)

≪書き下し≫明日香川高川(たかかは)避(よ)きて来(こ)しものをまこと今夜(こよひ)は明けずも行かぬか

 

明日香河 瀬湍之珠藻之 打靡 情者妹尓 因来鴨 (巻十三 三二六七)

≪書き下し≫明日香川瀬々(せぜ)の玉藻のうち靡き心は妹(いも)に寄りにけるかも

 

阿須可河泊 之多尓其礼留乎 之良受思天 勢奈那登布多理 左宿而久也思母 (巻十四 三五四四)

≪書き下し≫阿須可(あすか)川下(した)濁(にご)れるを知らずして背(せ)ななと二人さ寝(ね)て悔(くや)しも

(注)東国の地名か大和の「明日香川」かは未詳。大和であれば、中央の歌が、東国で流転されたものとみられる。

 

安須可河泊 世久登之里世波 安麻多欲母 為祢弖己麻思乎 世久得四里世婆 (巻十 三五四五)

≪書き下し≫安須可(あすか)川堰(せ)くと知りせばあまた夜(よ)も率寝(ゐね)て来(こ)ましを堰くと知りせば

(注)東国の地名か大和の「明日香川」かは未詳。大和であれば、中央の歌が、東国で流転されたものとみられる。

 

明日香河 ゝ戸乎清美 後居而 戀者京 弥遠曽伎奴 (巻十九 四二五八)

≪書き下し≫明日香川川門(かはと)を清み後(おく)れ居(ゐ)て恋ふれば都いや遠そきぬ

 

 上記のような初句でなく、歌中で「明日香川(河)」「明日香の川(河)」が詠まれている歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その157)」でとりあげることにしたい。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一~四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「犬養孝揮毫万葉歌碑マップ(明日香村)」

★「大和万葉―その歌の風土」 堀内民一 著 (創元社

★「万葉の大和路」 犬養 孝/文 入江泰吉/写真 (旺文社文庫

 

 

※20210503朝食関連記事削除、一部改訂。