万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その172)奈良県香芝市中央公民館万葉歌碑

●歌は、

「あしひきの山のしづくに妹待つと我立ち濡れぬ山のしづくに」(大津皇子)と

「我を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを 」(石川女郎)

である。

 

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香芝市中央公民館万葉歌碑(大津皇子

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香芝市中央公民館万葉歌碑(大伯皇女)

 

●歌碑は、奈良県香芝市下田西 中央公民館前庭にある。歌は四角柱の歌碑の裏表にそれぞれ彫り込まれている。

 

 中央公民館は総合体育館と同じ敷地内にあるので、歩いて移動。公民館の前庭に歌碑が立てられていた。

 

●歌をみていこう。

 

◆足日木乃 山之四付二 妹待跡 吾立所沾 山之四附二

             (大津皇子 巻二 一〇七)

 

≪書き下し≫あしひきの山のしづくに妹待つと我(わ)れ立ち濡れぬ山のしづくに

 

(訳)あなたをお待ちするとてたたずんでいて、あしひきの山の雫(しずく)に私はしとどに濡れました。その山の雫に。(伊藤 博 著 「万葉集一」 角川ソフィア文庫より)

 

題詞は、「大津皇子石川郎女御歌一首」<大津皇子石川郎女(いしかはのいらつめ)に贈る御歌一首>である。

 

 

◆吾乎待跡 君之沾計武 足日木能 山之四附二 成益物乎

             (石川郎女 巻二 一〇八)

 

≪書き下し≫我(あ)を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを

 

(訳)私をお待ちくださるとてあなたがお濡れになったという、そのあしひきの山の雫になることができたらよいのに。(伊藤 博 著 「万葉集一」 角川ソフィア文庫より)

 

 題詞は、「石川郎女奉和歌一首」<石川郎女、和(こた)へ奉(まつ)る歌一首>である。 

  

 この二首に続く一〇九歌もみていこう。

 

◆大船之 津守之占尓 将告登波 益為尓知而 我二人宿之

              (大津皇子 巻二 一〇九)

 

≪書き下し≫大船(おほぶね)の津守が占(うら)に告(の)らむとはまさしに知りて我(わ)がふたり寝(ね)し

 

(訳)大船の泊(は)てる津(つ)というではないが、その津守めの占いによって占い露わされようなどということは、こちらも、もっと確かな占いであらかじめちゃんと承知の上で、われらは二人で寝たのだ。(伊藤 博 著 「万葉集一」 角川ソフィア文庫より)

 

 題詞は、「大津皇子竊婚石川郎女時津守漣通占露其事皇子御作歌一首 未詳」<大津皇子、竊(ひそ)かに石川郎女に婚(あ)ふ時に、津守漣通(つもりのむらじとほる)占(うら)へ露(あら)はすに、皇子の作らす歌一首 未詳

 

 伊藤 博氏は、その著「萬葉集相聞の世界」(塙書房)の中で、これらの歌を含む巻二 一〇五~一一〇歌までの六首は、大津皇子事件を背景とした一連のものとして万葉集に収録されているとみておられる。

 

六首(書き下し)を列記してみる。

 

  題詞「大津皇子ひそかに伊勢神宮に下り、上り来る時の大伯皇女の御作歌二首」

◆(一〇五歌)我背子を大和へ遣(や)るとさ夜ふけて暁(あかとき)露(つゆ)に我が立ち沾(ぬ)れし

◆(一〇六歌)二人ゆけどゆき過ぎがたき秋山をいかにか君が一人越ゆらむ

  題詞「大津皇子の、石川郎女に贈れる御歌一首」

◆(一〇七歌)あしひきの山のしづくに妹待つと我(わ)れ立ち濡れぬ山のしづくに

  題詞「石川郎女の和へ奉る歌一首」

◆(一〇八歌)我(あ)を待つと君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを

  題詞「大津皇子、竊(ひそ)かに石川郎女に婚(あ)ふ時に、津守漣通

(つもりのむらじとほる)占(うら)へ露(あら)はすに、皇子の作らす歌一首

◆(一〇九歌)大船(おほぶね)の津守が占(うら)に告(の)らむとはまさしに知りて我(わ)がふたり寝(ね)し

  題詞「日並皇子尊の、石川郎女に贈りたまへる御歌一首」

◆(一一〇歌)大名児を彼方(をちかた)野辺に刈る草(かや)の束の間も我忘れやめ

 

 草壁皇子(日並皇子尊)ならびに大津皇子はともに天武天皇の子供である。草壁皇子は鸕野(うの)皇女(後の持統天皇)を母に、大津皇子は、大田皇女(天智天皇の娘)を母に持つ。六八一年、草壁皇子は皇太子に任ぜられる。六八三年、大津皇子太政大臣となり、天武天皇諸皇子の中にあって、皇太子と太政大臣としう最高の政治社会的地位を分担したが、二人の間には深い対立があった。大津皇子は、文武に通じた英才豪放で人望が高かった。このことは、皇后、皇太子側にとっては、不気味な存在となる。執拗な圧迫が大津皇子にそそがれための謀反となったと思われる。さらに石川郎女をめぐる恋愛事件が対立に火を注いだと思われるのである。

 草壁、大津の対立の深さは、天武一五年一〇月二日(六八六年)大津皇子が謀反を企てたとされるが、翌三日には、早くも皇后、皇太子側によって刑死されているのである。

 一〇九歌の題詞に「ひそかに」とあるのは、草壁皇子の愛する郎女と密通したことをしめすもので、いわば朝廷の「秘密警察官めいた男」によって密通が暴露されたわけである。この題詞を背景に大津皇子の、挑戦的な捨て台詞的な歌が理解できるのである。

 一一〇歌は、ライバルの草壁皇子の歌があり、一〇七、一〇八歌には、密通前と思われる大津皇子と郎女の歌が収録されている。

 一〇五、一〇六歌の題詞に「ひそかに」とあるのは、実姉の大伯皇女である以上、皇太子側への配慮がなされており、この二首は、大津皇子が抜き差しならぬところにまで追い詰められたころの歌と思われる。

 大津皇子石川郎女を主人公とする劇的なロマンスが一〇五から一一〇歌群には込められているのである。

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大津皇子・大伯皇女両歌(万葉仮名)

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「萬葉集相聞の世界」 伊藤 博 著 (塙書房

★「大和万葉―その歌の風土」 堀内民一 著 (創元社

★「万葉の人びと」 犬養 孝 (新潮文庫

★「大津皇子」 生方たつゑ 著 (角川選書

★「市内の万葉歌碑紹介」(香芝市HP)

 

本日のザ・モーニングセット&フルーツフルデザート

 サンドイッチは、フランスパンにレタス、トマトそして焼き豚をはさんだ。デザートは、グレープフルーツ(ルビー)の横切りを半分に切り、バナナのスライスをはさみ、トンプソンとクリムゾンシードレスの切合わせで加飾した。

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8月21日のザ・モーニングセット

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8月21日のフルーツフルデザート