万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その186)―京都府相楽郡精華町けいはんなプラザ前植込み―万葉集 巻九 一七五八

●歌は、「筑波嶺の裾みの田居に秋田刈る妹がり遣らむ黄葉手折らな」である。

 

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京都府相楽郡精華町けいはんなプラザ前植込み万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、京都府相楽郡精華町 けいはんなプラザ前植込みにある。

 

●歌をみていこう。

◆筑波嶺乃 須蘇廻乃田井尓 秋田苅 妹許将遣 黄葉手折奈

            (高橋虫麻呂 巻九 一七五八)

 

≪書き下し≫筑波嶺の裾(すそ)みの田居(たゐ)に秋田刈る妹(いも)がり遣(や)らむ黄葉(もみぢ)手折(たを)らな

 

(訳)筑波嶺の山裾の田んぼで秋田を刈っているかわいい子に遣(や)るためのもみじ、そのもみじを手折ろう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

題詞は、「登筑波山歌一首幷短歌」<筑波山(つくばやま)に登る歌一首 幷せて短歌>である。

 

長歌(一七五七歌)と短歌(一七五八歌)から構成されている。

これは、「高橋漣虫麻呂歌集」の歌という。

 

巻九の特徴として、神野志隆光氏は、著「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」(東京大学出版会)の中で、2点を挙げられている。

 一つは、人麻呂歌集の他に個人の名を冠した歌集をベースとした歌の数が、巻全体の6割を超えるということ、もうひとつは、巻頭に配置される天皇が巻一と同じだということである。

 柿本人麻呂歌集が四四首、高橋虫麻呂歌集が三〇首、笠金村歌集が五首、田辺福麻呂歌集が一五首であり、全体が一四八首であるので六割を越えることになる。このことは、当時個別の歌集があるということは、歌の世界が成熟していることを意味し、それらを「総集」として巻九は成りえているのである。

 巻九の冒頭歌の題詞は、「泊瀬朝倉宮御宇大泊瀬幼武天皇御製歌一首」であり、次いで「崗本宮御宇天皇幸紀國時歌二首」である。巻一は「泊瀬朝倉宮御宇天皇」で次いで「高市岡本宮御宇天皇」となっている。

 時系列的には、巻一の構成を勘案しつつ、歌集の総集的な位置づけが強いのではと思われるのである。

 

長歌もみていこう。

 

草枕 客之憂乎 名草漏 事毛有哉跡 筑波嶺尓 登而見者 尾花落 師付之田井尓 鴈泣毛 寒来喧奴 新治乃 鳥羽能淡海毛 秋風尓 白浪立奴 筑波嶺乃 吉久乎見者 長氣尓 念積来之 憂者息沼

              (高橋虫麻呂 巻九 一七五七)

 

≪書き下し≫草枕(くさまくら) 旅の憂(うれ)へを 慰(なぐさ)もる こともありやと 筑波嶺(つくばね)に 登りて見れば 尾花(をばな)散る 師付(しつく)の田居(たい)に 雁(かり)がねも 寒く来鳴(きな)きぬ 新治(にひばり)の 鳥羽(とば)の淡海(あふみ)も 秋風に 白波立ちぬ 筑波嶺の よけくを見れば 長き日(け)に 思ひ摘み来(こ)し 憂(うれ)へはやみぬ

 

(訳)草を枕の旅の憂い、この憂いを紛らわすよすがもあろうかと、筑波嶺に登って見晴らすと、尾花の散る師付の田んぼには、雁も飛来して寒々と鳴いている。新治の鳥羽の湖にも、秋風に白波が立っている。筑波嶺のこの光景を目にして、長い旅の日数に積もりに積もっていた憂いは、跡形もなく鎮まった。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)師付(しつく):筑波山東麓の地。国府のあった石岡市の西郊。

(注)新治:筑波山北西の郡名

(注)鳥羽の淡海:下妻市大宝八幡宮周辺にあった沼。

(注)よけく 【良けく・善けく】:よいこと。

なりたち形容詞「よし」の上代の未然形+接尾語「く」

(注)-がり 【許】接尾語〔人を表す名詞・代名詞に付いて〕…のもとに。…の所へ。

 

 

 

 この歌碑も、字の判別が難しい。英語版の右下隅の番号がポイント。

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歌碑№9-1758

 

「筑波」とくると、筑波研究学園都市が頭に浮かぶ。つくば市のHPによると、「筑波研究学園都市は、東京等の国の試験研究機関等を計画的に移転することにより東京の過密緩和を図るとともに、高水準の研究と教育を行うための拠点を形成することを目的に国家プロジェクトとして建設されました。」とある。

 

 一方、ここは、けいはんな学研都市の中心部である。京都府のHPによると、「京都、大阪、奈良の三府県にまたがる京阪奈丘陵において、文化・学術・研究の新しい『拠点』づくりをめざしてスタートした関西文化学術研究都市(愛称:けいはんな学研都市)。

 産・学・官の協力と連携のもと、ナショナルプロジェクトとして建設が進み、世界的な学術研究機関や国際的な交流拠点が次々と完成。住宅や都市基盤整備も進み、緑豊かな都市環境の中、活発な研究活動、潤いのある住民生活が営まれています。

 これからも、次代をリードする創造的な学術・研究の振興及び新産業の創出を支援し、新しい文化を創造・発信する都市をめざして、躍進していきます。」とある。

 

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けいはんなプラと日時計

 こういったことから、この「筑波嶺の」の歌が選ばれたのであろう。

歌碑は、前稿同様、A4サイズの瓦板である。英語版と日本語版のセットになっている。

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歌碑英語版(左)と日本語版(右)

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 

               (東京大学出版会

★「筑波研究学園都市 つくばしHP」

★「関西文化学術研究都市 京都府HP」

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

 

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