●歌は、「橘の蔭踏む道の八衢に物をぞ思ふ妹に逢はずして」である。
歌をみていこう。
◆橘之 蔭履路乃 八衢尓 物乎曽念 妹尓不相而 <三方沙弥>
(三方沙弥 巻一 一二五)
≪書き下し≫橘(たちばな)の蔭(かげ)踏(ふ)む道の八衢(やちまた)に物をぞ思ふ妹(いも)に逢はずして
(訳)橘の木影を踏んで行く道のように、岐(わか)れ岐れのままにあれやこれや物思いに悩むことよ。あの子に逢わないままでいて。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)やちまた【八衢・八岐】名詞:道が幾つにも分かれている所。
題詞は、「三方沙弥娶園臣生羽之女未経幾時臥病作歌三首」<三方沙弥(みかたのさみ)、園臣生羽(そののおみいくは)が女(むすめ)を娶(めと)りて、幾時(いくだ)も経ねば、病に臥(ふ)して作れる歌三首>である。
この歌群の他の二首をみてみよう。
◆多氣婆奴礼 多香根者長寸 妹之髪 此来不見尓 掻入津良武香 <三方沙弥>
(三方沙弥 巻一 一二三)
≪書き下し≫たけばぬれらかねば長き妹(いも)が髪(かみ)このころ見ぬに掻(か)き入れつらむか
(訳)束ねようとすればずるずると垂れ下がり、束ねないでおくと長すぎるそなたの髪は、この頃見ないが、誰かが櫛(くし)けずって結い上げてしまったことだろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)たく【綰く】:髪をかき上げて束ねる。
(注)ぬる:ほどける。ゆるむ。抜け落ちる。
◆人皆者 今波長跡 多計登雖言 君之見師髪 乱有等母 <娘子>
(娘子 巻一 一二四)
≪書き下し≫人皆(みな)は今は長しとたけと言へど君が見し髪乱れたりとも
(訳)まわりの人びとは皆、もう長くなったとか、もう結い上げなさいとか言いますけど、あなたがご覧になった髪ですもの、どんなに乱れていようと、私はそのままにしておきます。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
三方沙弥は伝不詳ではあるが、万葉集には七首収録されている。四二二七、四二二八歌は「三形沙弥」と記されているが同一人物である。
他の5首をみていこう。
◆衣手乃 別今夜従 妹毛吾母 甚戀名 相因乎奈美
(三方沙弥 巻四 五〇八)
≪書き下し≫衣手(ころもで)の別(わ)くる今夜(こよひ)ゆ妹も我(あ)れもいたく恋ひなむ逢ふよしをなみ
(訳)二人で交わして寝た袖、この袖を分けて離れ離れになる今夜からは、あなとも私もひどく恋心に責め立てられることであろうな。逢う手立てもないままに。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
題詞は、「三方沙弥歌一首」<三方沙弥が歌一首>である。
◆橘 本尓道履 八衢尓 物乎曽念 人尓不所知
(三方沙弥 巻六 一〇二七)
≪書き下し≫橘(たちばな)の本(もと)に道踏(ふ)む八衢(やちまた)に物をぞ思ふ人に知らえず
(訳)橘の並木の根元を踏んで歩み行く道の、その多くの岐(わか)れ道さながらに、あれやこれやと私は物思いに悩んでいる。この思いをあの人に知ってもらえずに。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
左注は、「右一首右大辨高橋安麻呂卿語云 故豊嶋采女作也 但或本云三方沙弥戀妻苑臣作歌也 然則豊嶋采女當時所口吟此歌歟」<右のは、」右大弁(うだいべん)高橋安麻呂卿(たかはしのやすまろのまへつきみ)語りて「故豊嶋采女が作なり」といふ。ただし、或本には三方沙弥、妻園臣(そののおみ)に恋ひて作る歌なり」といふ。しからばすなはち、豊嶋采女は当時(そのとき)当所(そのところ)にしてこの歌を口吟(うた)へるか>である。
◆足引 山道不知 白牫牱 枝母等乎ゝ尓 雪落者 或云 枝毛多和ゝゝ
(三方沙弥 巻十 二三一五)
≪書き下し≫あしひきの山道(やまぢ)も知らず白橿(しらかし)の枝もとををに雪の降れれば 或いは「枝もたわたわ」といふ
(訳)あしひきの山道のありかさえもわからない。白橿の枝も撓(たわ)むほどに雪が降り積もっているので。<枝もたわわに>(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
左注は、「右柿本朝臣人麻呂歌集出也 但件一首 或本云三方沙弥作」<右は、柿本朝臣人麻呂歌集に出づ。ただし、件(くだり)の一首は、或本には「三方沙弥が作」といふ。
(注)件の一首:二三一五歌のこと
次に、「三形沙弥」と表記されているが、二首をみてみよう。
◆大殿之 此廻之 雪莫踏祢 數毛 不零雪曽 山耳尓 零之雪曽 由米縁勿 人哉莫履祢 雪者
(三形沙弥 巻十九 四二二七)
≪書き下し≫大殿(おほとの)の この廻(もとほ)りの 雪な踏みそね しばしばも 降らぬ雪ぞ 山のみに 降りし雪ぞ ゆめ寄るな 人や な踏みそね 雪は
(訳)大殿の、このまわりの雪はふみ荒らすではない。そうしょっちゅうは降らない雪なのだ。いつもは山だけに降った雪なのだ。ゆめ近寄るでないぞ。そこの人。ゆめゆめお踏みでないぞ。雪は。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)
題詞は、「反歌一首」である。
◆有都々毛 御見多麻波牟曽 大殿乃 此母等保里能 雪奈布美曽祢
(三形沙弥 巻十九 四二二八)
≪書き下し≫ありつつも見(め)したまはむぞ大殿のこの廻(もとほ)りの雪な踏みそね
(訳)このままにしておいてご覧になられようとするのだ。大殿のこのまわりの雪は踏み荒すではない。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)
左注は、「右二首歌者三形沙弥承贈左大臣藤原北卿之語作誦之也 聞之傳者笠朝臣子君 復後傳讀者越中國掾久米朝臣廣縄是也」<右の二首の歌は、三形沙弥(みかたのさみ)、贈左大臣藤原北卿(ふぢはらのきたのまへつきみ)が語(ことば)を承(う)けて作り誦(よ)む。 これを聞きて伝ふるは、笠朝臣子君(かさのあそみこぎみ) また後(のち)に伝へ読むは、越中國(こしなかのくに)の掾久米朝臣廣縄(じようくめのあそみひろつな)ぞ。>
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
●本日のザ・モーニングセット&フルーツフルデザート
サンドイッチは、サニーレタス、トマトそしてウインナーソーセージである。デザートは、バナナのスライスを重ねて飾り、アイボリーブドウと赤ブドウで加y即した。