万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その210改)―京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園 №15―万葉集 巻十 一八六〇

 

●歌は、「花咲きて実はならねども長き日に思ほゆるかも山吹の花」である。

 

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京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園にある。

 

●歌をみていこう。

◆花咲而 實者不成登裳 長氣 所念鴨 山振之花

              (作者未詳 巻十 一八六〇)

 

≪書き下し≫花咲きて実(み)はならねども長き日(け)に思ほゆるかも山吹(やまぶき)の花

 

(訳)花が咲くだけで実はならないとは知っているけれども咲くまでが日数長く思われて仕方がない。山吹の花は。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

 山吹の歌は、万葉集には十七首が収録されており、その美しさから女人への連想やたとえにも詠まれている。伊藤 博 著「万葉集 四」(角川ソフィア文庫)の「初句索引」を手掛かりに、「やまぶきの」歌を探り、内容もみていくことにする。

 山吹が初句にあるのは次の九首である。書き下しと訳をみてみよう。訳は、伊藤 博 著「万葉集 一~四」(角川ソフィア文庫)によった。

 

◆山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく(高市皇子 一五八歌)

(訳)黄色い山吹が咲き匂っている山の清水、その清水を汲みに行きたいと思うけれど、どう行ってよいのか道がわからない。

(注)山吹に「黄」、山清水に「泉」を匂わし、「黄泉の世界」を暗示する。

 

◆山吹の咲きたる野辺のつほすみれこの春の雨に盛りなりけり(高田女王 一四四四歌)

(訳)山吹の咲いている野辺のつぼすみれ、このすみれは、この春の雨に逢って、

今が真っ盛りだ。

 

◆山吹のにほへる妹がはねず色の赤裳の姿夢に見えつつ(作者未詳 二七八六歌)

(訳)咲きにおう山吹の花のようにあでやかな子の、はねず色の赤裳を着けた姿、その姿が夢に見え見えして・・・・・。

 

◆山吹の茂み飛び潜く鴬の声を聞くらむ君は羨しも(大伴家持 三九七一歌)

(訳)山吹の茂みを飛びくぐって鳴く鴬の、その美しい声を聞いておられるあなたは、何と羨ましいことか。

 

◆山吹の花取り持ちてつれもなく離れにし妹を偲ひつるかも(留女郎女 四一八四歌)

(訳)私は山吹の花を取り持っては、私の気持ちなどにお構いなく別れて行ってしまったあなた、そのあなたをはるかにお慕いしております。

 

◆山吹の花のさかりにかくの如君を見まくは千年にもがも(大伴家持 四三〇四歌)

(訳)山吹の花の真っ盛りの時に、このように我が君にお目にかかることは、千年も長く続いてほしいものです。

 

◆山吹は日に日に咲きぬうるはしと我が思ふ君はしくしく思ほゆ(大伴池主 三九七四歌)

(訳)山吹は日ごとに咲きそろいます。すばらしいと私が思うあなたは、やたらしきりと思われてなりません。

 

◆山吹は撫でつつ生ほさむありつつも君来ましつつかざしたりけり(置始連長谷 四三〇二歌)

(訳)この山吹の花はこれからもいつくしんで育てましょう。このように変わらずに咲いているからこそ、あなたがここにおいでになった、髪飾りにしてくださったのですから。

 

◆山吹を宿に植ゑては見るごとに思ひはやまず恋こそまされ(大伴家持 四一八六歌)

 (訳)山吹を庭に移し植えては見る、が、見るたびに、物思いは止むことなく、人恋しさがつのるばかりです。

 

 四一八六歌の題詞は、「詠山振花歌一首幷短歌」である。四一八五歌は山吹を詠んだ長歌である。

◆ ・・・茂山の谷辺に生ふる山吹をやどに引き植ゑて・・・(大伴家持 四一八五歌)

 (訳)・・・木々茂る山の谷辺に生えている山吹を、家の庭に移し植え・・・

 

 歌碑の歌を含む、山吹を詠んだ歌は次の通りである。

◆かはづ鳴く神奈備川に影見えて今か咲くらむ山吹の花(厚見王 一四三五歌)

(訳)河鹿の鳴く神なび川に、影を落として、今頃咲いていることであろうか。岸辺のあの山吹の花は。

 

◆花咲きて実はならねども長き日に思ほゆるかも山吹の花(作者未詳 一八六〇歌)

(訳)花が咲くだけで実はならないとは知っているけれども咲くまでが日数長く思われて仕方がない。山吹の花は。

 

◆かくしあらば何か植ゑけむ山吹のやむ時もなく恋ふらく思へば(作者未詳 一九〇七歌)

(訳)こんなことであったら、何で植えたのであろうか。山吹というその名のように、やむ時もなく恋しくてならぬことを思うと。

 

◆鴬の来鳴く山吹うたがたも君が手触れず花散らめやも(大伴池主 三九六八歌)

(訳)鴬がやって来ては鳴く山吹の花、よもやあなたが手をお触れにならぬまま、この花が散ってしまったりすることはありますまい。

 

◆咲けりとも知らずしあらば黙もあらむこの山吹を見せつつもとな(大伴家持 三九七六歌)

(訳)咲いてはいても、そうとは知らずにいたならかかわりなしに平静でいられたでしょう。なのにこの山吹の花を心なく私にお見せになったりして・・・。

 

◆妹に似る草と見しより我が標し野辺の山吹誰れか手折りし(大伴家持 四一九七歌)

(訳)いとしい方に似る草と見てすぐに、私が標縄(しめなわ)を張っておいた野辺の山吹、あの山吹をいったい誰が手折ったりしたのでしょうか。

 

◆我が背子が宿の山吹咲きてあらばやまず通はむいや年の端に(大伴家持 四三〇三歌)

(訳)あなたのお庭の山吹、その花がいつもこんなにも美しく咲いているのなら、これから先もしょっちゅうここをお訪ねしましょう。来る年も来る年も。

 

 「庭木図鑑 植木ペディア」によると、「ヤマブキ」とは、「北海道から九州まで日本全国に分布する落葉性の低木。山地の水辺など湿気を好み、時に群生する。『山吹色』の語源となった花で、春(4月~5月)になると枝に沿って深みのある黄色い花を咲かせる。同じような時季に咲く他の黄花より濃厚な色合いで優雅な印象がある。花の後には星形の台座に乗って画像のような実ができる。(中略)庭木としては花が八重咲きのヤエヤマブキの利用が多い。ヤエヤマブキは結実しないことで有名だが、通常のヤマブキ(5弁花)は結実する。」とある。

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一~四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の大和路」 犬養 孝/文 入江泰吉/写真 (旺文社文庫

★「庭木図鑑 植木ペディア」

 

 

※20210501朝食関連記事削除、一部改訂。