万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その213改)―京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園 №18―万葉集 巻十六 三八八六

 

●歌は、「おしてるや難波の小江に廬作り・・・この片山のもむ楡を・・・」で、長歌の一部である。

 

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京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園万葉歌碑(乞食者の詠)

●歌碑は、京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園№18にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆忍照八 難波乃小江尓 廬作 難麻理弖居 葦河尓乎 王召跡 何為牟尓 吾乎召良米夜 明久 若知事乎 歌人跡 和乎召良米夜 笛吹跡 和乎召良米夜 琴引跡 和乎召良米夜 彼此毛 命受牟跡 今日ゝゝ跡 飛鳥尓到 雖置 ゝ勿尓到 雖不策 都久怒尓到   東 中門由 参納来弖 命受例婆 馬尓己曽 布毛太志可久物 牛尓己曽 鼻縄波久例 足引乃 此片山乃 毛武尓礼乎 五百枝波伎垂 天光夜 日乃異尓干 佐比豆留夜 辛碓尓舂 庭立 手碓子尓舂 忍光八 難波乃小江乃 始垂乎 辛久垂来弖 陶人乃 所作▼乎 今日徃 明日取持来 吾目良尓 塩柒給 腊賞毛 腊賞毛

              (乞食者の詠 巻十六 三八八六)

         ▼は、「瓦+缶」で「かめ)である。

 

≪書き下し≫おしてるや 難波(なにわ)の小江(をえ)に 廬(いほ)作り 隠(なま)りて居(を)る 葦蟹(あしがに)を 大君召すと 何せむに 我(わ)を召すらめや 明(あきら)けく 我が知ることを 歌人(うたひと)と 我(わ)を召すらめや 笛吹(ふえふ)きと 我を召すらめや 琴弾(ことひき)きと 我を召すらめや かもかくも 命(みこと)受(う)けむと 今日今日と 飛鳥(あすか)に至り 立つれども 置勿(おくな)に至り つかねども 都久野(つくの)に至り 東(ひむがし)の 中の御門(みかど)ゆ 参入(まゐ)り来て 命(みこと)受くれば 馬にこそ ふもだし懸(か)くもの 牛にこそ 鼻(はな)縄(づな)はくれ あしひきの この片山の もむ楡(にれ)を 五百枝(いほえ)剥(は)き垂(た)れ 天照るや 日の異(け)に干(ほ)し さひづるや 韓臼(からうす)に搗(つ)き 庭に立つ 手臼(てうす)に搗き おしてるや 難波の小江(をえ)の 初垂(はつたり)を からく垂り来て 陶人(すゑひと)の 作れる瓶(かめ)を 今日(けふ)行きて 明日(あす)取り持ち来(き) 我が目らに 塩(しほ)塗(ぬ)りたまひ 腊(きた)ひはやすも 腊ひはやすも

 

(訳)おしてるや難波(なにわ)入江(いりえ)の葦原に、廬(いおり)を作って潜んでいる、この葦蟹めをば大君がお召しとのこと、どうして私なんかをお召しになるのか、そんなはずはないと私にははっきりわかっていることなんだけど・・・、ひょっとして、歌人(うたひと)にとお召しになるものか、笛吹きにとお召しになるものか、琴弾きにお召しになるものか、そのどれでもなかろうが、でもまあ、お召しは受けようと、今日か明日かの飛鳥に着き、立てても横には置くなの置勿(おくな)に辿(たど)り着き、杖(つえ)をつかねど辿りつくの津久野(つくの)にやって来、さて東の中の御門から参上して仰せを承ると、何と、馬になら絆(ほだし)を懸けて当たり前、牛なら鼻綱(はなづな)つけて当たり前、なのに蟹の私を紐で縛りつけたからに、傍(そば)の端山(はやま)の楡(にれ)の皮を五百枚も剥いで吊(つる)し、日増しにこってりお天道(てんと)様で干し上げ、韓渡りの臼で荒搗(づ)きし、庭の手臼(てうす)で粉々の搗き、片や、事もあろうに、我が故郷(ふるさと)難波入江の塩の初垂(はつた)り、その辛い辛いやつを溜めて来て、陶部(すえべ)の人が焼いた瓶を、今日一走(ひとつばし)りして明日には早くも持ち帰り、そいつに入れた辛塩を私の目にまで塗りこんで下さって、乾物に仕上げて舌鼓なさるよ、舌鼓なさるよ。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)おしてるや【押し照るや】分類枕詞:地名「難波(なには)」にかかる。かかる理由未詳。

(注)かもかくも 副詞:ああもこうも。どのようにも。とにもかくにも。

(注)ふもだし【絆】名詞:馬をつないでおくための綱。ほだし。

(注)さひづるや:韓臼(からうす)にかかる枕詞

 

 

 題詞は、「乞食者詠二首」<乞食者(ほかひひと)が詠(うた)ふ歌二首>である。

左注は、「右歌一首為蟹述痛作之也」<右の歌一首は、蟹(かに)のために痛みを述べて作る>である。

 (注)乞食については、「コトバンク 百科事典マイペディア」に次のような解説がある。「食物などを他人から貰い乞う行為,またそのことによって生活を営む人をいう。仏教語の〈乞食(こつじき)〉が転じて用いられたもの。仏教では托鉢(たくはつ)して食を乞い受ける〈乞食行〉は,解脱(げだつ)を求める出家修行者がなすべきもっとも基本的な修行の一つである。〈こつじき〉がいずれの時点で〈つ〉音の脱落した〈こじき〉となったかは,はっきりしないが,院政期の成立で鎌倉中期の書写になる《古本説話集》には,〈雪きえたらばこそ,いでてこじきをもせめ……〉とある。また,僧の修行以外の〈乞食〉の例としては,早く《万葉集》に《乞食者詠二首》とみえ,この〈乞食者〉は〈ほかひひと〉と訓まれただろうと考えられている。〈ほかひ〉は〈ほく(祝く・寿く)〉に基づく語で,2首の内容からも古く寿祝芸能をもって仕えた何らかの芸能者集団の存在が想定される。(後略)」

 

 ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その209)」で、万葉集巻十六の巻頭には「有由縁幷雑歌」とあり、他の巻と比べても特異な位置づけにあること、次の五つのグループ分けについて触れた。

 Aグループ:題詞が他の巻と異なり物語的な内容をもつ歌物語の類(三七八六~三八〇五歌)

 Bグル―プ:同じく歌物語的ではあるが、左注が物語的に述べる類(三八〇六~三八一五歌)

 Ⅽグループ:いろいろな物を詠みこむように題を与えられたのに応じた類(三八二四~三八三四歌、三八五五~三八五六歌)

 Dグループ:「嗤う歌」という題詞をもつ類(三八三〇~三八四七歌、三八五三~三八五四歌)

 Eグループ:国名を題詞に掲げる歌の類(三八七六~三八八四歌)

 

 巻十六の残り三八八五~三八八九歌は、「乞食者詠二首」(三八八五、三八八六歌)と「怕物歌三首」(三八八七~三八八九歌)の五首である。

 この歌碑の歌は前二首の一首である。後三首の「怕(おそ)ろしき物」については、伊藤 博氏が「万葉集 三」(角川ソフィア文庫)の脚注で、「畏怖の対象となる物を題材とする歌。天上・海上・地上に関する歌が組み合わされている。『物』は『霊』の意」と書かれている。

 

 この種のジャンルの歌も収録しているところにも、万葉集万葉集たる所以があるように思える。万葉集編者の強い思いが伝わって来る。

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 百科事典マイペディア」

 

 

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