●歌は、「橡の袷の衣裏にせば我れ強ひめやも君が来まさむ」である。
●歌碑は、京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園 №19 にある。
●歌をみていこう。
◆橡之 袷衣 裏尓為者 吾将強八方 君之不来座
(作者未詳 巻十二 二九六五)
≪書き下し≫橡(つるばみ)の袷(あわせ)の衣(ころも)裏(うら)にせば我(わ)れ強(し)ひめやも君が来まさむ
(訳)橡(つるばみ)色の袷(あわせ)の着物、その着物を裏返すように、私にはもう用がないというのなら、私としたことが無理強いしたりするものか。いくら待ってもあの方はおいでにならない。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)つるばみ【橡】名詞:①くぬぎの実。「どんぐり」の古名。
②染め色の一つ。①のかさを煮た汁で染めた、濃いねずみ色。上代には身分の
低い者の衣服の色として、中古には四位以上の「袍(はう)」の色や喪服の
色として用いた。古くは「つるはみ」。
この歌は、巻十二の部立「寄物陳思」の歌(二九六四~三一〇〇歌)の一首である。
寄物陳思(きぶつちんし)とは、万葉集の相聞(そうもん)の歌を表現様式上から3分類した名称①正述心緒歌(ただにおもいをのぶるうた:心に思うことを直接表現する)、②寄物陳思歌(ものによせておもいをのぶるうた:物に託して思いを表現する)、③譬喩歌(ひゆか:物だけを表面的に歌って思いを表現する,いわゆる隠喩<いんゆ>の歌)の一つである。しかし比喩歌と寄物陳思歌との境界が不明瞭な場合もある。(参考:「コトバンク 世界大百科事典 第2版」
二九六四~二九七二歌は、「衣(ころも、きぬ)」に寄せる相聞歌である。
これらもみていこう。いずれも「作者未詳」である。訳は、「万葉集 三」(伊藤 博 著 角川ソフィア文庫)によった。
◆二九六四歌 「かくのみにありける君を衣(きぬ)にあらば下にも着むと我(あ)が思へりける」
(訳)こんなにもつれないお方であったのに、もし着物であったら、せめてじかにでも身に着けようと。私は思いこんでいたのだった。
(注)かくのみにありける:こういう運命にある
◆二九六六歌 「紅(くれなゐ)の薄(うす)染(そ)めの衣(きぬ)浅らかに相見(あひみ)し人に恋ふるころかも」
(訳)紅(くれない)の薄染めの着物の色のように、ほんの軽い気持ちで逢った人に、恋い焦がれているこの頃だ。
◆二九六七歌 「年の経(へ)ば見つつ偲(しの)へと妹が言ひし衣(ころも)の縫目(ぬひめ)見れば悲しも」
(訳)「年が経ったらこれを見て思い出してほしい」とあの子が言った肌着、その肌着の縫目を見ると、あの子のことが偲ばれてせつない。
◆二九六八歌 「橡(つるばみ)の一重(ひとへ)の衣(ころも)うらもなくあるらむ子ゆゑ恋ひわたるかも」
(訳)橡色の一重の着物、その着物に裏がないように、さっぱりその気もない子であるのに、私はずっと焦がれるづけている。
◆二九六九歌 「解(と)き衣(きぬ)の思ひ乱れて恋ふれども何(なに)のゆゑぞと問ふ人もなし」
(訳)解きほぐした着物のように、思い乱れて恋い焦がれているけれども、何のせいなのかと問いかけてくれる人もいない。
(注)ときぎぬの【解き衣の】分類枕詞:縫い糸を解きほぐした衣類が乱れやすいことから「思ひ乱る」「恋ひ乱る」にかかる。
◆二九七〇歌 「桃花染(ももそ)めの浅らの衣(ころも)浅らかに思ひて妹に逢はむものかも」
(訳)桃色染めの色の浅い着物、その色浅い着物のように、あっさりと軽い気持ちであなたに逢ったりするものか。
◆二九七一歌 「大君(おほきみ)の塩焼く海人(あま)の藤衣(ふぢころも)なれはすれどもいやめづらしも」
(訳)大君の塩を焼く海人の着る粗末な藤衣、その衣が褻(な)れ汚れているように、ずっと馴(な)れ親しんできたが、あの子はいよいよ目新しくてかわいい。
(注)ふじごろも【藤衣】:① 藤づるなどの繊維で織った織り目の粗い粗末な衣類。ふじのころも。序詞として、衣を織るということから「折れる」を、織り目の粗いことから「間遠に」を、衣がなれることから「なる」を導き出す。
② 麻で作った喪服。ふじのころも。(コトバンク 「三省堂大辞林 第三版」)
◆二九七二歌 「赤絹(あかきぬ)の純裏(ひたうら)の衣(きぬ)長く欲(ほ)り我(あ)が思ふ君が見えぬころかも」
(訳)赤絹の総裏の着物、その着物の裾が長いように、末長くあってほしいと私の願っているあの方が、いっこうにお見えにならない今日この頃だ。
以上は、「衣」に寄せて思いを陳べている歌である。二九三七~二九七七歌は、着物に関連したものに寄せて思いを陳べている。「下紐(したびも)」、「帯の結び」、「高麗錦紐」、「下紐の色」「紐の緒」といった類である。
巻十二は、「相聞」という一つの部立でなっているという特徴を持っている。さらに柿本人麻呂歌集を拡大して歌の広がりを見せているのである。巻十一についても同じことが言えるのである。
次の巻十二の概観を見れば明らかである。
巻十二
正述心緒 二八四一~二八五〇歌
寄物陳思 二八五一~二八六三歌 右廿三首柿本朝臣人麻呂之歌集出
正述心緒 二八六四~二九六三歌
寄物陳思 二九六四~三一〇〇歌
問答歌 三一〇一~三一二六歌
羇旅発思 三一二七~三一三〇歌 右四首柿本朝臣人麻呂之歌集出
三一三一~三一七九歌
悲別歌 三一八〇~三二一〇歌
問答歌 三二一一~三二二〇歌
万葉集における編集の在り方として、柿本朝臣人麻呂之歌集が重要な位置づけにあることがこれによってもうかがい知ることができる。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会)
★「コトバンク 世界大百科事典 第2版」
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
●本日のザ・モーニングセット&フルーツフルデザート
サンドイッチのパンは、レーズンロールを使った。レタスとトマトと焼き豚が中味である。デザートは、りんごを井戸枠状にならべ周囲を赤と緑のブドウの切合わせなどで加飾した。ミニネコは定番となっている。