●歌は、「巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を」である。
●歌をみてみよう。
◆巨勢山乃 列ゝ椿 都良ゝゝ尓 見乍思奈 許湍乃春野乎
(坂門人足 巻一 五四)
≪書き下し≫巨勢山(こせやま)のつらつら椿(つばき)つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を
(訳)巨勢山のつらつら椿、この椿の木をつらつら見ながら偲ぼうではないか。椿花咲く巨勢の春野の、そのありさまを。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)こせやま【巨勢山】:奈良県西部、御所(ごせ)市古瀬付近にある山。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉)
(注)つらつらつばき 【列列椿】名詞:数多く並んで咲いているつばき。
(注)しのぶ 【偲ぶ】:①めでる。賞美する。②思い出す。思い起こす。思い慕う。
題詞は、「大寳元年辛丑秋九月太上天皇幸于紀伊國時歌」<大宝(だいほう)元年辛丑(かのとうし)の秋の九月に、太上天皇(おほきすめらみこと)、紀伊の国(きのくに)に幸(いでま)す時の歌>である。
左注は「右一首坂門人足」<右の一首は坂門人足(さかとのひとたり)>である。
なお、万葉集五六歌として、この歌の原本となったと思われる歌が収録されている。
題詞、「或本歌」<或本の歌>
◆河上乃 列ゝ椿 都良ゝゝ尓 雖見安可受 巨勢能春野者
(春日蔵首老 巻一 五六)
≪書き下し≫川の上(うへ)のつらつら椿(つばき)つらつらに見れども飽(あ)かず巨勢の春野は
(訳)川のほとりに咲くつらつら椿よ、つらつらに見ても見飽きはしない。椿花咲くこの巨勢の春野は。伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
題詞にあるように、「秋九月」であるから、椿は咲いていない。「巨勢の春野」はここなのだと、「偲はな」と、リズミカルな春日蔵首老の歌を踏まえて、リズミカルに詠っているのである。
両歌を並べてみると、ほぼ同じなのに、全く異なる様相を見事に詠っているのがよくわかる。「見乍思奈」「乎」と「雖見安可受」「者」で、間接的にそして片方は直接的に、椿を愛でているのである。
巨勢山乃 列ゝ椿 都良ゝゝ尓 見乍思奈 許湍乃春野乎(五四歌)
河上乃 列ゝ椿 都良ゝゝ尓 雖見安可受 巨勢能春野者(五六歌)
奈良県のHP「はじめての万葉集」(Vol8)「つらつら椿」に次のような記載がある。
「ツバキは『万葉集』に九首みられますが、『椿』だけではなく『海石榴』『都婆伎』『都婆吉』とも記されています。『椿』と表記する植物は中国にもありますが、実はまったくの別物です。
『海石榴』をツバキとよむのは不思議に思われるかもしれませんが、『万葉集』に『八峯乃海石榴(やつをのつばき)』(巻十九の四一五二)と『夜都乎乃都婆吉(やつをのつばき)』(巻二十の四四八一)とあり、どちらも八峯(やつを)のツバキを指すことから両者の比較によって『海石榴』がツバキであることがわかります。
ツバキは日本原産の植物です。油がとれることは良く知られています。黒くツルツルとした果実が熟すと三つ四つに裂け、中から褐色の種子がでてきます。この種子から油を搾り出すことができるのです。(後略)」
椿の歌、九首を見ておこう。(上記の二首はのぞく)
◆我妹子(わぎもこ)を早見(はやみ)浜風(はまかぜ)大和なる我れ松椿(まつつばき)吹かざるなゆめ (長皇子 巻一 七三)
(訳)我がいとしき子を早く見たいと思う、その名の早見浜風よ、大和で私を待っている松や椿、そいつを吹き忘れるでないぞ。けっして。(伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)
(注)早見に早く見たいの意を懸けている。
(注)松は待つを懸けている。
◆あしひきの山椿(やまつばき)咲く八(や)つ峰(を)越え鹿(しし)待つ君が斎(いは)ひ妻(づま)かも (作者未詳 巻七 一二六二)
(訳)山椿の咲く峰々を越えては鹿を狙っているあの方、その帰りをいつまでも待っている斎妻(いわいづま)なのかなあ、私は。(同 二)
◆みもろは 人の守(も)る山 本辺(もとへ)は 馬酔木(あしび)花咲く 末辺(すゑへ)は 椿(つばき)花咲く うらぐはし 山ぞ 泣く子守(も)る山
(作者未詳 巻十三 三二二二)
(訳)みもろの山は、人がたいせつに守っている山だ。麓のあたりには、一面に馬酔木の花が咲き、頂のあたりには、一面に椿の花が咲く。まことにあらたかな山だ。泣く子さながらに人がいたわり守る、この山は。(同 三)
◆奥山の八(や)つ峰(を)の椿つばらかに今日は暮らさねますらをの伴(とも)
(大伴家持 巻十九 四一五二)
(訳)奥山のあちこちの峰に咲く椿、その名のようにつばらかに心ゆくまで、今日一日は過ごしてください。お集まりのますらおたちよ。(同 四)
(注)つばらかなり<つばらなり【委曲なり】詳しい。十分だ。存分だ。
◆・・・八(や)つ峰(を)には 霞たなびき 谷辺(たにへ)には 椿花咲き うら悲し・・・ (大伴家持 巻十九 四一七七)
(訳)峰々には霞がたなびき、谷辺には椿の花が咲きそしてもの悲しい・・・
◆我が門(かど)の片山椿(かたやまつばき)まこと汝(な)れ我が手触(ふ)れなな地(つち)に落ちもかも (物部広足 巻二十 四四一八)
(訳)おれの家の門口近くの片山椿よ、ほんとにお前、お前さんにはおれは手を触れないでいたい。しかしこのままにしておいたのでは、地に落ちてしまうのかなあ。(同 四)
◆あしひきの八(や)つ峰(を)の椿つらつらに見とも飽(あ)かめや植ゑてける君 (大伴家持 巻二十 四四八一)
(訳)山の尾根尾根に咲く椿、そのつらなる椿ではないが、つらつらと念入りに拝見してもとても見飽きるものではありません、これを移し植えられたあなたというお方は。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉の大和路」 犬養 孝/文 入江泰吉/写真 (旺文社文庫)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
※20210421朝食関連記事削除、一部改訂