万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その226-4)―京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園 「古代城陽を詠んだ万葉歌(4)」―

 

●歌は、「山背の久世の社の草な手折りそ我が時と立ち栄ゆとも草な手折りそ」である。

 

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京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園「古代城陽を詠んだ万葉歌」(4)

●歌碑は、京都府城陽市寺田 正道官衙遺跡公園にある。

「古代城陽を詠んだ万葉歌」(4)                           

 

●歌をみていこう。

 

◆開木代 来背社 草勿手折 己時 立雖榮 草勿手折

              (柿本人麻呂歌集 巻七 一二八六)

 

≪書き下し≫山背(やましろ)の久世(くせ)の社(やしろ)の草な手折(たを)りそ 我(わ)が時と立ち栄(さか)ゆとも草な手折りそ

 

(訳)山背の久世の社の草、この草は手折ってくれるな。たとえ我が世の盛りとばかり立ち栄えていても、社の草だけは手折ってくれるな。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)開木代:木を伐り開く(=山)で山代

(注)久世:京都府城陽市久世

(注)社の草:人妻の譬え

 

 これは、旋頭歌である。巻七の雑歌の中で、一二七二歌~一二九五歌は旋頭歌であり、一二九五歌を除く、一二七二歌~一二九四歌の二十三首は「柿本朝臣人麻呂之歌集出」となっている。人の道を説く民謡歌的要素を含む歌である。

「開木代」で「山代」、やましろと読むが、万葉集における「戯書」ではないかと思われる。「戯書」とは、通常の邦訓によらず、表記語の意味と文字の意義が合致しない特殊な用法をいう。万葉集中には四つのグループに分けられ、六十例余りあるそうである。

  • 文字の戯れに属するもの:「山上復有山」=「いで」
  • 数字の戯れに属するもの:「二二」=「し」、「十六」=「しし」、「八十一」=「くく」
  • 擬声語を利用したもの:「神楽声」=「ささ」、「喚犬追馬」=「まそ」、「喚鶏」=「つつ」
  • 義訓の複雑なもの:「大王」=「てし」、「火」=「なむ」、少熱=「ぬる」

 このような「戯れ」があるのも万葉集万葉集たる所以であろう。

 

※※※大津市万葉歌碑めぐり(2)※※※

 

 昨日(10月16日)高島市の万葉歌碑めぐりが比較的スムーズに予定をこなせたこともあり、帰りがけに、前回撮り残した大津市の万葉歌碑2基を巡ることにした。。

 まず、大津市南小松 雄松崎湖岸の歌碑である。

高島市から約1時間、南漁港に到着。ブラックバス狙いか、大勢のアングラーたちが思い思いの竿でタックルしている。びわ湖と内湖の間のデコボコ道をゆっくり走る。左手に松林、右手に内湖畔の今は閉まっているが、海水浴関連のお店や駐車場を見ながら。途中で前から車が、すれ違いは無理である。仕方がないので、ゆっくりとバック。少し広い感じの所で、対向車が左へ寄せてくれる。松林をバックミラーで確認しつつそろそろと前進、ぎりぎりいっぱいである。双方ともバックミラーをたたむ。やっとの思いで切り抜ける。

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びわ湖雄松崎の松林

 その先の道の脇に歌碑が建てられていた。悪戦苦闘の末の歌碑。「ささ浪の・・・尾花乱れて・・・萬葉集より」となっているが、「尾花乱れて」という言い回しが気になる。調べてみると万葉集にはない。歌の後に「萬葉集より」とわざわざ彫り込まれているが、勘弁してよと言いたいところである。今日は四月一日ではない。上述の「戯書」の現代版である。雄松崎の歌は「ささ浪の志賀の大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも(巻一 三一)」である。「逢はめやも」と挑戦されている感じである。次回きっと「逢はむとぞ思う」。あ~、これも万葉集的表現ではないな。

 

 気を取り直して、次は、大津京跡である。

JR湖西線大津京駅のパーキングに車を止め、ブログ等に書かれた言語情報から位置を特定しようとするが、なかなか見つからない。JRから京阪大津京駅方面に歩き、高架の上の駅の改札前の踏切を渡る。ガード下の前には皇子が丘公園が広がっている。皇子が丘公園にあれば、キーワードとして「皇子が丘公園前」とか「皇子が丘公園体育館前」とか書かれるはずである。しかし公園らしいものはここしかない。前回の例にならい、犬の散歩連れの人に聞いてみる。知らないが、体育館の事務所の方に聞いてみられては、とのアドバイスをいただく。体育館横の道を北に進み「皇子が丘二丁目」交差点を通り越し、「錦織二丁目」交差点を越えたあたりの住宅地の中にあると教えていただく。一旦車を取りに戻り、再挑戦。

 特に看板らしいものは出ていないので見落したようである。「大津シンボル緑地公園」にまできてしまう。そこからUターンし、左側を注意深く見ながら進む。遺跡発見、しかし歌碑は見当たらない。説明案内板には、「近江大津京錦織遺跡(第二地点)」とあり、南八〇メートルあたりに第一地点があるようである。漸く遺跡に到着。車を止め急いで遺跡の中に。ありました。人麻呂の歌碑が、道路を背にして建てられていた。

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近江大津京錦織遺跡万葉歌碑(柿本人麻呂

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史跡近江大津京錦織遺跡(第一地点)説明案内板

 飛鳥から近江へ。都を移したエネルギーに驚かされる。その時代のトップのPDCAのメカニズムに脱帽である。

 高島市の万葉歌碑めぐりについては、明日のブログでふれてみる。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

 

●本日のザ・モーニングセット&フルーツフルデザート

 サンドイッチは、サニーレタスと焼き豚である。デザートは、柿をベースにしたハロウィンバージョンである。バナナと赤と緑のブドウの切合わせで加飾した。

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10月17日のザ・モーニングセット

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10月17日のフルーツフルデザート