万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その228)―京都府宇治市宇治 宇治川朝霧橋東詰―万葉集 巻七 一一三五

●歌は、「宇治川は淀瀬なからし網代人舟呼ばふ声をちこち聞こゆ」である。

 

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京都府宇治市宇治 宇治川朝霧橋東詰万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、京都府宇治市宇治 宇治川朝霧橋東詰にある。

 

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朝霧橋東詰(万葉歌碑は向かって左手にある)

●歌をみていこう。

 

◆氏河齒 与杼湍無之 阿自呂人 舟召音 越乞所聞

              (作者未詳 巻七 一一三五)

 

≪書き下し≫宇治川(うぢがは)は淀瀬(よどせ)なからし網代人(あじろひと)舟呼ばふ声をちこち聞こゆ

 

(訳)ここ宇治川には歩いて渡れるような緩やかな川瀬などないらしい。網代人が岸に向かって舟を呼び合う声があちこちから聞こえる。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)あじろひと 【網代人】名詞:夜、「あじろ」で漁をする人。

 

 題詞は、「山背作」<山背作(やましろさく)>である。一一三五~一一三九歌まで五首が収録されている。 

 

宇治川(うぢがは)は淀瀬(よどせ)なからし網代人(あじろひと)舟呼ばふ声をちこち聞こゆ(巻七 一一三五)

宇治川に生(お)ふる菅藻(すがも)を川早(はや)み採(と)らず来にけりつとにせましを(巻七 一一三六)

◆宇治(うぢ)人(ひと)の譬(たと)への網代あじろ)我れならば今は寄らまし木屑(こつみ)来(こ)ずとも(巻七 一一三七)

宇治川を舟渡せをと呼ばへども聞こえずあらし楫(かぢ)の音(おと)もせず(巻七 一一三八)

◆ちはや人(ひと)宇治川波を清みかも旅行く人の立ちかてにする(巻七 一一三九)

 

 題詞「山背作」の歌群の歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その230)」で紹介する予定である。この歌群以外で、「宇治川」で始まる歌ならびに「宇治」「宇治川」と詠われている歌をみてみよう。

 

 

◆是川 瀬ゝ敷浪 布ゝ 妹心 乗在鴨

               (作者未詳 巻十一 二四二七)

 

≪書き下し≫宇治川の瀬々(せぜ)のしき波しくしくに妹は心に乗りにけるかも

 

(訳)宇治川のあちこちの瀬ごとに立ちしきる波、この波のように、あの子はひっきりなしに私の心に乗りかかってきて消え去ることがない。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)しきなみ【頻波・重波】名詞:次から次へと、しきりに寄せて来る波。

(注)しくしく(と・に)【頻く頻く(と・に)】副詞:うち続いて。しきりに。

 

 

◆千早人 宇治度 速瀬 不相有 後我孋

               (作者未詳 巻十一 二四二八)

 

≪書き下し≫ちはや人(ひと)宇治(うぢ)の渡りの瀬を早み逢はずこそあれ後(のち)は我が妻

 

(訳)宇治川の渡し場の、あまりにも流れの激しい瀬に邪魔されて、今は逢えないでいるけれど、あの子は、のちのちに私の妻になる人なのだ。(同上)

(注)ちはやひと【千早人】分類枕詞:威勢の強い人の意で、「氏(うぢ)」のほめ言葉とされ、「氏」と同音の「宇治(うぢ)」にかかる

 

 

◆早敷哉 不相子故 徒 是川瀬 裳襴潤

               (作者未詳 巻十一 二四二九)

 

≪書き下し≫はしきやし逢はぬ子ゆゑにいたづらに宇治川の瀬に裳裾(もすそ)濡らしつ

 

(訳)ああ、逢ってもくれぬあの子なのに、甲斐もなく、宇治川の渡り瀬で裳の裾を濡らしてしまった。(同上)

(注)はしきやし【愛しきやし】分類連語:ああ、いとおしい。ああ、なつかしい。ああ、いたわしい。「はしきよし」「はしけやし」とも。

 

 

◆是川 水阿和逆纒 行水 事不反 思始為

                (作者未詳 巻十一 二四三〇)

 

≪書き下し≫宇治川の水沫(みなあわ)さかまき行く水の事かへらずぞ思ひそめてし

 

(訳)宇治川の泡立ち逆巻いて流れ行く水が引き返すことなどないように、もうとてもあとに引けないほどに、あの子のことを深く思い初めてしまった。(同上)

 

 宇治川の急流は「宇治川の先陣争い」で有名であるが、万葉の時代から「与杼湍無之」、「速瀬」などと詠われていたのである。

 

 

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宇治川先陣争いの碑

 なお、柿本人麻呂の「もののふの八十宇治川網代木にいさよふ波のゆくへ知らずも(巻三 二六四)」については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その229)」で紹介する予定である。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二~四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

 

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