万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その241,242)―大津市唐崎 唐崎苑湖岸緑地万葉歌碑―万葉集 巻一 三〇、巻一 一五二

 

◎万葉歌碑を訪ねて(その241)

 

●歌は、「楽浪の志賀の唐崎幸くあれど大宮人の舟待ちかねつ」である。

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大津市唐崎 唐崎苑湖岸緑地万葉歌碑(柿本人麻呂



●歌碑は、大津市唐崎 唐崎苑湖岸緑地にある。

 

この歌に関しては、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その233)」で、大津市役所の時計台の下の歌碑の歌(巻一 三一)と共に、長歌(二九歌)と反歌(三〇、三一歌)を紹介しているので、ここでは、歌と書き下しと訳を記しておきます。

 

◆楽浪之 思賀乃辛碕 雖幸有 大宮人之 船麻知兼津

               (柿本人麻呂 巻一 三〇)

 

≪書き下し≫楽浪(ささなみ)の志賀(しが)の唐崎(からさき)幸(さき)くあれど大宮人(おほみやひと)の舟待ちかねつ

 

(訳)楽浪(ささなみ)の志賀の唐崎よ、お前は昔のままにたゆとうているけれども、ここで遊んだ大宮人たちの船、その船はいくら待っても待ち受けることができない。(同上)

 

 

◎万葉歌碑を訪ねて(その242)

 

●歌は、「やすみしし 我ご大君の大御船待ちか恋ふらむ志賀の唐崎」である。

 

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大津市唐崎 唐崎苑湖岸緑地(舎人吉年

●歌碑は、大津市唐崎 唐崎苑湖岸緑地にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆八隈知之 吾期大王乃 大御船 待可将戀 四賀乃唐埼  舎人吉年

               (舎人吉年 巻一 一五二)

 

≪書き下し≫やすみしし我が(わ)ご大君(おほきみ)の大御船(おほみふね)待ちか恋ふらむ志賀(しが)の唐崎(からさき) 舎人吉年(とねりのえとし)

 

(訳)八方を知らしめす我が大君の大御船、その船が着くのを今も待ち焦がれていることであろうか。志賀の唐崎は。(伊藤 博 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)舎人吉年(とねりのよしとし):?-? 飛鳥(あすか)時代の歌人

宮廷につかえた女官といわれる。「万葉集」に天智(てんじ)天皇没後の大殯(おおあらき)の際の挽歌(ばんか)1首と,大宰府(だざいふ)におもむく田部櫟子(たべの-いちいこ)への相聞歌(そうもんか)1首の計2首がある。名は「えとし」「きね」ともよむ。(コトバンク 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus)

 

 

 題詞は、「天皇大殯之時歌二首」<天皇の大殯(おほあらき)の時の歌二首>である。

(注)あらき【殯】名詞:埋葬までの間、死者を一時的に棺に納めて安置しておくこと。また、その場所。「もがり」とも。➡大殯:天皇の殯

 

 もう一首(一五一歌)も見ておこう。

 

◆加是有乃 懐知勢婆 大御船 泊之登萬里人 標結麻思乎  額田王

               (額田王 巻一 一五一)

 

≪書き下し≫かからむとかねて知りせば大御船(おほみふね)泊(は)てし泊(とま)りに標(しめ)結(ゆ)はましを

 

(訳)こうなるであろうとあらかじめ知っていたなら、大君の御船が泊てた港に標縄(しめなわ)を張りめぐらして、邪魔が入らないようにするのだったのに。(同上)

 

 天智天皇の大殯の時の歌としてもう二首収録されている。大后と石川夫人の歌である。これらも見ておこう。

 

題詞は、「太御歌一首」<大后(おほきさき)の御歌一首>である。

 

◆鯨魚取 淡海乃海乎 奥放而 榜来舡 邊附而 榜来船 奥津加伊 痛勿波祢曽 邊津加伊 痛莫波祢曽 若草乃 嬬之 念鳥立

               (倭大后 巻一 一五三)

 

≪書き下し≫鯨魚(いさな)取り 近江(あふみ)の海(うみ)を 沖放(さ)けて 漕ぎ来る舟 辺(へ)付(つ)きて 漕ぎ来る舟 沖つ櫂(かひ) いたくな撥(は)ねそ 辺つ櫂(かい) いたくな撥ねそ 若草の 夫(つま)の 思ふ鳥立つ

 

(訳)鯨魚取り近江の海、この海を、沖辺はるかに漕いで来る舟よ、岸辺に沿うて漕いで来る舟よ、沖の櫂もやたらに撥ねてくれるな、岸の櫂もやたらに撥ねてくれるな。若草匂う我が夫(つま)の思いのこもる鳥、その御魂の鳥が驚いて飛び立ってしまうから。(伊藤 博 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)いさなとり【鯨魚取り・勇魚取り】 枕詞:クジラを捕る所の意で「海」「浜」「灘(なだ)」にかかる。 (コトバンク 三省堂大辞林第三版)

(注)おきさく【沖放く】沖の方に遠ざかる。

(注)わかくさの【若草の】分類枕詞:若草がみずみずしいところから、「妻」「夫(つま)」「妹(いも)」「新(にひ)」などにかかる。

 

 この歌は、まだ天皇を墳墓にほおむって死を決定していない、殯(もがり)の儀式の最中の歌である。鳥は霊魂を運ぶと考えられていたので、天皇の生をまだ信じている倭大后にとっては、天皇の魂そのものの鳥であるから、飛び立たないようにとの思いで詠っているのである。

 

 

 もう一首は、題詞「石川夫人歌一首」<石川夫人(いしかはのぶにん)が歌一首>である。

 

◆神樂浪乃 大山守者 為誰可 山尓標結 君毛不有國

                (石川夫人 巻一 一五四)

 

≪書き下し≫楽浪(ささなみ)の大山守(おほやまもり)は誰(た)がためか山に標結(しめゆ)ふ君もあらなくに

 

(訳)楽浪の御山の番人は、誰のために山に標縄など張りめぐらすのか。領有し給う大君も、もはやこの世にいないのに。(同上)

(注)ぶにん(夫人):天皇の妻妾の第三位

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫

★「万葉の心」 中西 進 著 (毎日新聞社

★「びわ湖大津 光くんマップ(大津市観光地図)」(大津市・(公社)びわ湖大津観光協会

★「大津市ガイドマップ」(㈱ゼンリン 協力:大津市

 

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