●歌は、「月草に衣ぞ染むる君がため斑の衣摺らむと思ひて」
●歌をみていこう。
◆月草尓 衣曽染流 君之為 綵色衣 将摺跡念而
(作者未詳 巻七 一二五五)
≪書き下し≫月草(つきくさ)に衣(ころも)ぞ染(そ)むる君がため斑(まだら)の衣(ころも)摺(す)らむと思ひて
(訳)露草で着物を摺染(すりぞ)めにしている。あの方のために、斑(まだら)に染めた美しい着物に仕立てようと思って。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)つきくさ【月草】名詞:①草の名。つゆくさの古名。この花の汁を衣に摺(す)り付けて縹(はなだ)色(=薄藍(うすあい)色)に染めるが、その染め色のさめやすいことから、歌では人の心の移ろいやすいたとえとすることが多い。[季語] 秋。
②襲(かさね)の色目の一つ。表裏とも縹色。あるいは裏は薄縹色。秋に着用。
分類は「臨時」とある。その時その時に臨んでの感慨を歌ったものが多く、大部分は宴会歌と思われる。
注にあるように、露草の花の汁を衣に摺り付けて縹(はなだ)色(=薄藍(うすあい)色)に染めるが、その染め色のさめやすいことから、歌では人の心の移ろいやすいたとえとすることが多いという。
例えば、次の歌は露草の花で君のために衣を摺って染めてあげたいがすぐに色がかわってしまう。君の心もすぐに変わってしますのではと心配であると詠っている。
◆鴨頭草丹 服色取 ▼目伴 移變色登 偁之苦沙
▼「扌+皆」=する
(作者未詳 巻七 一三三九)
≪書き下し≫月草に衣色どり摺らめどもうつろふ色と言うが苦しさ
(訳)露草の花で着物を色取って染めたいと思うけれど、褪(あ)せやすい色だと人が言うのを聞くのがつらい。(同上)
一二五五歌の方は、露草の花で染めたら染め色がさめやすいというが、そのことは頭に入れながらも、斑に染めて美しい着物に仕立てたいという一途な気持ちがほとばしる歌である。一三三九歌の場合は、美しい着物を仕立てたいが、褪めやすいので心変わりするのではと不安な気持ちを歌っている。対照的な歌である。
万葉集にあらわされた染めに関する論文がある。これによると、染めに使われた植物と詠われた歌の数は次のようになっている。
くれない(紅花)<二七首> むらさき(紫草)<十首> 茜 <一首>
つるばみ(クヌギ、ドングリ)<六首> はり(ハンノキ、萩)<十一首>
萩<三首> つゆくさ<三首> 山藍<一首> 藍<三首>
かきつばた<二首> からあい(けいとう)<一首> つちはり<一首>
こなぎ<一首> つつじ<一首> はねず<一首> 菅の根<一首>
黄葉<一首>
鉱物関連では、 はにふ・はに(黄土)<三首>
また、染めるという行為を歌った歌は八首、すりごろも(摺り衣)・摺るという項目は、二首、ゆいはた(絞り染め)は一首、斑(まだら)は三首、とまとめられている。
(宇都宮大学教育学部紀要 第一部 2008 清水裕子氏・佐々木和也氏「万葉集にあらわされた染め」より)
(参考文献
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「万葉集にあらわされた染め」 清水裕子氏・佐々木和也氏 (宇都宮大学教育学部紀要 第一部 2008)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
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