●歌は、「引馬野ににほふ榛原入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに」である。
●歌をみていこう。
◆引馬野尓 仁保布榛原 入乱 衣尓保波勢 多鼻能知師尓
(長忌寸意吉麻呂 巻一 五七)
≪書き下し≫引馬野(ひくまの)ににほふ榛原(はりはら)入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに
(訳)引馬野(ひくまの)に色づきわたる榛(はり)の原、この中にみんな入り乱れて衣を染めなさい。旅の記念(しるし)に。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(注)引馬野(ひくまの):愛知県豊川市(とよかわし)御津(みと)町の一地区。『万葉集』に「引馬野ににほふ榛原(はりばら)入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに」と歌われた引馬野は、豊川市御津町御馬(おんま)一帯で、古代は三河国国府(こくふ)の外港、近世は三河五箇所湊(ごかしょみなと)の一つだった。音羽(おとわ)川河口の低湿地に位置し、引馬神社がある。(コトバンク 日本大百科全書<ニッポニカ>)
(注)はり【榛】名詞:はんの木。実と樹皮が染料になる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)にほふ【匂ふ】:自動詞 ①美しく咲いている。美しく映える。②美しく染まる。(草木などの色に)染まる。③快く香る。香が漂う。④美しさがあふれている。美しさが輝いている。⑤恩を受ける。おかげをこうむる。
他動詞:①香りを漂わせる。香らせる。②染める。色づける。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
題詞は、「二年壬寅太上天皇幸于参河國時歌」<二年壬寅(みずのえとら)に、太上天皇(おほきすめらみこと)、三河の国に幸(いでま)す時の歌>である。
左注は、「右一首長忌寸奥麻呂」<右の一首は長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)>である。
万葉集に「榛(はり):ハンノキ」が詠われているのは一四首あり、この内九首に「衣(ころも、きぬ)」が詠みこまれているという。十首に「染める・色がつく」などの意味でつかわれている。摺染(すりぞめ)といって、当時は、葉や花を直接布に摺りつけて染めていたという。いわば移染の一種であるという。
榛(はり)を詠った歌をもう一首みておこう。
◆伊可保呂乃 蘇比乃波里波良 和我吉奴尓 都伎与良之母与 比多敝登於毛敝婆
(作者未詳 巻十四 三四三五)
≪書き下し≫伊香保(いかほ)ろの沿(そ)ひの榛原(はりはら)我が衣(きぬ)に着(つ)きよらしもよひたへと思へば
(訳)伊香保の山の麓(ふもと)の榛(はり)の木の原、この原のは俺の着物に、ぴったり染まり付くようないい具合だ。着物は一重で裏もないことだし。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)上二句「伊香保(いかほ)ろの沿(そ)ひの榛原(はりはら)」は、相手の女の譬え。
(注)よらし【宜▽し・良らし】好ましい。よい。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)
(注)ひたへ:一重、裏がなくて純心の意。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
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