万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その270改)―東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(11)―万葉集 巻十九 四二七八

●歌は、「あしひきの山下ひかげかづらける上にやさらに梅をしのはむ」である。

 

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万葉の森船岡山万葉歌碑(11)(大伴家持

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(11)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆足日木之 夜麻之多日影 可豆良家流 宇倍尓左良尓 梅乎之努波

             (大伴家持 巻十九 四二七八)

 

≪書き下し≫あしひきの山下(やました)ひかげかづらける上(うへ)にやさらに梅をしのはむ

 

(訳)山の下蔭の日蔭の縵、その日陰の縵を髪に飾って賀をつくした上に、さらに、梅を賞でようというのですか。その必要もないと思われるほどめでたいことですが、しかしそれもまた結構ですね。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

 題詞は、「廿五日新甞會肆宴應詔歌六首」<二五日に、新嘗会(にひなへのまつり)の肆宴(とよのあかり)にして詔(みことのり)に応(こた)ふる歌六首>であり、家持のこの歌で歌い納めになっている。

 まず、長老格の大納言巨勢朝臣(だいなごんこせのあそみ)(八十三歳)が詠い、次いで、式部卿石川年足朝臣(しきぶのきやういしかはのとしたりのあそみ)(六十五歳)、従三位文室智努真人(ふみやのちののまひと)(六十歳)、右大弁藤原八束朝臣(うだいべんふぢはらのやつかのあそみ)(三十八歳)、大和の国の守(かみ)藤原永手朝臣(ふぢはらのながてのあそみ)(三十九歳)そして少納言(せうなごん)大伴宿禰家持(三十五歳)と詠っているのである。

(注)にひなめまつり【新嘗祭り】名詞:宮中の年中行事の一つ。陰暦十一月の中の卯(う)の日、天皇が新穀を皇祖はじめ諸神に供え、自らもそれを食べる儀式。即位後初めてのものは、大嘗祭(だいじようさい)または大嘗会(だいじようえ)と呼ぶ。新嘗祭(しんじようさい)。

(注)とよのあかり【肆宴】:宴会。主として宮中で催される酒宴。「とよ」は豊かに満ち足りていることを表わして褒める意がある。「あかり」は酒を飲んで顔色が赤らむこと。(中略)「とよのあかり」の用語は『古義』によると、「豊宴(とよのあかり)、古事記に、豊明(トヨノアカリ)とも、豊楽(トヨノアカリ)とも書たり、書紀に、宴、また讌、宴楽、宴会、宴饗、肆宴」などをあげているが、紀(『新全集』)は宴会の目的・時・場所などを分析して、「宴」「宴楽」「宴会」「肆宴」を「とよのあかり」、「讌」「宴饗」を「うたげ」、「宴食」を「えんしょく」と読み、また「宴」「宴会」は「うたげ」とも読んでそれぞれ区別する。万葉集の「豊宴」は、大伴家持の「応詔儲作歌」(19-4266)にのみ見える用語である。(後略)(國學院大學 万葉神事語辞典)

 

 この注にある四二六六歌をみてみよう。

 

 題詞は、「為應詔儲作歌一首并短歌」<詔(みことのり)に応(こた)ふるために、儲(ま)けて作る歌一首并(あは)せて短歌

 

◆安之比奇能 八峯能宇倍能 都我能木能 伊也継ゝ尓 松根能 絶事奈久 青丹余志 奈良能京師尓 万代尓 國所知等 安美知之 吾大皇乃 神奈我良 於母保之賣志弖 豊宴 見為今日者 毛能乃布能 八十伴雄能 嶋山尓 安可流橘 宇受尓指 紐解放而 千年保伎 保吉等餘毛之 恵良ゝゝ尓 仕奉乎 見之貴者

                 (大伴家持 巻一九 四二六六)

 

≪書き下し≫あしひきの 八峯(やつを)の上(うへ)の 栂(つが)の木の いや継々(つぎつぎ)に 松が根の 絶ゆることなく あをによし 奈良の都に 万代(よろづよ)に 国知らさむと やすみしし 吾(わ)が大皇(おほきみ)の 神ながら 思ほしめして 豊(とよ)の宴(あかり) 見(め)す今日(けふ)は もののふの 八十(やそ)伴(とも)の男(を)の 島山に 赤(あか)る橘 うずに挿し 紐解き放(さ)けて 千年(ちとせ)寿(ほ)き 寿(ほ)き響(とよ)もし ゑらゑらに 仕へまつるを 見るが貴(たふと)さ

 

(訳)山のあちこちの峰に生い茂る、栂(つが)の木の名のようにいよいよ次から次へと、栄え立つ松の根が絶えることのないように、ここ奈良の都で、いついつまでも安らかに国を治めようと、我が大君が神の御心のままにおぼしめされて、豊(とよ)の宴(うたげ)なさる今日この日は、もろもろの官人(つかさびと)たちが、御苑(みその)の築山(つきやま)に赤く輝く橘、その橘を髪飾りに挿し、衣の紐を解いてくつろぎ、千年万歳を寿いでいっせいに祝いの声をあげ、笑みこぼれてお仕え申し上げているさまを見ると、ただただ貴い。(同上)               

(注)うず 【〈髻華〉】上代、髪や冠に挿し、飾りにした草木の花や枝。また、冠の飾りとしてつける金属製の花や鳥や豹(ひよう)の尾。かざし。 (weblio辞書 三省堂大辞林

(注)ゑらゑら 副詞:〔多く下に「に」を伴って〕騒ぎ笑い楽しむさま(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

  

 ヒカゲを「蘰」にするのは、永遠性を象徴する呪的行為であり、ヒカゲの強い生命力が、祭儀における呪具としてのカズラをささえているという。(「植物で見る万葉の世界」)

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「國學院大學 万葉神事語辞典」

★「weblio辞書 三省堂大辞林

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

 

 

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