万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その272改)―東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(13)―万葉集 巻一 六四

●歌は、「葦辺行く鴨の羽交ひに霜振りて寒き夕は大和し思ほゆ」である。

 

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万葉の森船岡山万葉歌碑(13)(志貴皇子

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(13)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆葦邊行 鴨之羽我比尓 霜零而 寒暮夕 倭之所念

                (志貴皇子 巻一 六四)

 

≪書き下し≫葦辺(あしへ)行く鴨の羽交(はが)ひに霜振りて寒き夕(ゆうへ)は大和し思ほゆ

 

(訳)枯葦のほとりを漂い行く羽がいに霜が降って、寒さが身にしみる夕暮は、とりわけ故郷大和が思われる。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

題詞は、「慶雲三年丙午幸于難波宮時 志貴皇子御作歌」<慶雲(きやううん)三年丙午(ひのえうま)に、難波(なには)の宮に幸(いでま)す時 志貴皇子(しきのみこ)の作らす歌>である。

 

「葦」を詠みこんだ歌は万葉集では五〇首にのぼる。

「植物で見る万葉の世界」 (國學院大學 萬葉の花の会 著)には、「アシはイネ科の多年草で、根茎を縦横に張り、高さ1~3mになる。(中略)発音が『悪し』と同じであることを嫌い、その反対の意味の『良し』=ヨシに言い変えられている。日本人の暮らしに深く根を張っている葦は、生活材、祭事等に広く使われている。葦簀(よしず)や簾(すがれ)、葦葺き屋根の材料や壁材、和楽器の笙やひちりきにも使われる。若芽は食用となり、葉は粽(ちまき)を包む笹の代わりにも使われる。根茎は、漢方薬で、健胃・利尿に、あるいは、消炎剤として使われる」とある。

 

 日本の美称は「豊葦原の瑞穂の国」である。

 初句検索(伊藤 博 著 「万葉集 四」)で調べてみると、「あしはらのみずほのくに」で始まる歌は三首(三二二七、三二五三,四〇九四歌」で、いずれも長歌である。さわりだけ見てみよう。

 

◆葦原笶 水穂之國丹 手向為跡 天降座兼 五百万 千万神之 神代従 云績来在・・・

                (作者未詳 巻十三 三二二七)

 

≪書き下し≫葦原(あしはら)の 瑞穂(みずほ)の国に 手向(たむ)けすと 天降(あも)りましけむ 五百万(いほよろづ) 千万神(ちよよろづかみ)の 神代(かみよ)より 言ひ継ぎ来(きた)る・・・

  

(訳)この尊い葦原の瑞穂の国に、手向けをするために天降された五百万 千万神の、その神代の昔から手向けの山と言い継がれてきた・・・(同 三)

 

◆葦原 水穂國者 神在随 事擧不為國 雖然 辞擧叙吾為・・・

               (柿本人麻呂歌集 巻十三 三二五三)

 

≪書き下し≫葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙(ことあ)げぜぬ国 しかれども 言挙げぞ我がする・・・

 

(訳)神の国葦原の瑞穂の国、この国は、天つ神の神意のままに、人は言挙げなど必要としない国です・・・(同 三)

(注)ことあげ【言挙げ】名詞※「す」が付いて他動詞(サ行変格活用)になる:言葉に出して特に言い立てること。

出典万葉集 三二五三

「葦原(あしはら)の瑞穂(みづほ)の国は神(かむ)ながらことあげせぬ国」

[訳] 葦原にある瑞穂の国(=日本)は、神のお心のままに、(人は自分の考えを)言葉に出して言い立てない国。◆上代語。

参考上代、不必要な「言挙げ」は不吉なものとしてタブーとされ、あえてそのタブーを犯すのは重大な時に限られた。用例の歌は、そのあたりの事情を詠んでいる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

◆葦原能 美豆保國乎 安麻久太利 之良志賣之家流 須賣呂伎能・・・

                (大伴家持 巻十八 四〇九四)

 

≪書き下し≫葦原の 瑞穂の国を 天下(あまくだ)り 知らしめしける すめろきの・・・

 

(訳)葦原の瑞穂の国、この国を、高天原(たかまがはら)から降(くだ)ってお治めになった天皇の・・・(同 四)

 

 大仏建立に際し、天平二十一年(749年)二月、陸奥國(みちのくのくに)から黄金が献上され、聖武天皇がよろこびの宣命を読み上げさせた。この宣命に感動して、大伴家持が、これを寿ぐ歌を作ったのが四〇九四歌である。ちなみにこの歌は、万葉集中三番目の長さである。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社)

 

 

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