万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その279、280、281)―東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(20,21,22)―万葉集 巻二 一一一、巻十 二三一五、巻七 一三五二

―その279―

 

●歌は、「いにしへに恋ふる鳥かも弓絃葉の御井の上より鳴き渡り行く」である。

 

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万葉の森船岡山(20)(弓削皇子



●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(20)である。

 

●歌をみていこう。

 

この弓削皇子の歌に対し、「額田王が和(こた)へ奉る歌」等、直近では、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その200)」で紹介している。ここでは、一一一歌だけを掲載しています。

 

◆古尓 戀流鳥鴨 弓絃葉乃 三井能上従 鳴嚌遊久

              (弓削皇子 巻二 一一一)

 

≪書き下し≫いにしへに恋ふらむ鳥かも弓絃葉(ゆずるは)の御井(みゐ)の上(うへ)より鳴き渡り行く

 

(訳)古(いにしえ)に恋の焦がれる鳥なのでありましょうか、鳥が弓絃葉の御井(みい)の上を鳴きながら大和の方へ飛び渡って行きます。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)弓絃葉の御井:吉野離宮の清泉の通称か。

 

「弓絃葉(ゆずるは)」は、現在でいうとユズリハである。毎春、新しい葉が開いてから、古い葉を落とすことからユズリハと名付けられ、別名「親子草」とも言われている。穀霊の再生・継承の象徴として、豊作祈願や収穫祭に用いられたという。

 

 

―その280―

 

●歌は、「あしひきの山道も知らず白橿の枝もとををに雪の降れれば」である。

 

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万葉の森船岡山万葉歌碑(21)(作者未詳)

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(21)である。

             

 この歌については、直近では、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その221)」で紹介している。

 

●歌をみていこう。

 

◆足引 山道不知 白牫牱 枝母等乎ゝ尓 雪落者  或云 枝毛多和ゝゝ

             (柿本人麻呂歌集 巻十 二三一五)

 

≪書き下し≫あしひきの山道(やまぢ)も知らず白橿の枝もとををに雪のふれれば 或いは<枝もたわたわ」といふ>

 

(訳)あしひきの山道のありかさえもわからない。白橿の枝も撓(たわ)むほどに雪が降り積もっているので。<枝もたわわに>(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)とををなり【撓なり】形容動詞:たわみしなっている。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)たわわなり【撓なり】形容動詞:たわみしなうほどだ。(同上)

 

 

―その281―

 

●歌は、「我が心ゆたにたゆたに浮蒪辺にも沖にも寄りかつましじ」である。

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万葉の森船岡山万葉歌碑(22)(作者未詳)

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(22)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆吾情 湯谷絶谷 浮蒪 邊毛奥毛 依勝益士

            (作者未詳 巻七 一三五二)

 

≪書き下し≫我(あ)が心ゆたにたゆたに浮蒪(うきぬなは)辺にも沖(おき)にも寄りかつましじ

 

(訳)私の心は、ゆったりしたり揺動したりで、池の面(も)に浮かんでいる蒪菜(じゅんさい)だ。岸の方にも沖の方にも寄りつけそうもない。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ゆたに>ゆたなり 【寛なり】形容動詞ナリ活用:ゆったりとしている。(webliok古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)たゆたふ【揺蕩ふ・猶予ふ】①定まる所なく揺れ動く。②ためらう。(同上)

(注)寄りかつましじ:寄り付けそうにもあるまい

 

 蒪(ぬなは)は、ジュンサイのことで、スイレン科の多年生植物。沼などの泥の中に根を延ばし、葉は楕円形で10cm程度。葉や茎はぬるぬるしていて水面に浮かんでいる。若い芽は食用にする。

 蒪(ぬなは)を詠った歌はこの一首のみである。自らの恋の行方の定まらない中途半端な状態を嘆いた歌であり、自然の観察を通してジュンサイに恋心を重ねている。

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」