●歌は、「朝顔は朝露負ひて咲くといへど夕影にこそ咲きまさりけれ」である。
●歌をみていこう。
◆朝杲 朝露負 咲雖云 暮陰社 咲益家礼
(作者未詳 巻十 二一〇四)
≪書き下し≫朝顔(あさがほ)は朝露(あさつゆ)負(お)ひて咲くといへど夕影(ゆふかげ)にこそ咲きまさりけれ
(訳)朝顔は朝露を浴びて咲くというけれど、夕方のかすかな光の中でこそひときわ咲きにおうものであった。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
現在のアサガオは、この当時渡来していないので、この「朝顔(あさがほ)」については、桔梗(ききょう)説・木槿(むくげ)説・昼顔説などがあるが、木槿も昼顔も夕方には花がしぼむので、「夕影(ゆふかげ)にこそ咲きまさりけれ」というのは桔梗であると考えるのが妥当であろう。
万葉集には「朝顔」は五首詠まれているという。二一〇四歌以外の四首をみてみよう。
◆芽之花 乎花葛花 瞿麦之花 姫部志 又藤袴
(山上憶良 巻八 一五三八)
≪書き下し≫萩の花尾花(をばな)葛花(くずはな)なでしこの花 をみなへしまた藤袴(ふぢはかま)朝顔(あさがほ)の花
(訳)一つ萩の花、二つ尾花、三つに葛の花、四つになでしこの花、うんさよう、五つにおみなえし。それにまだあるぞ、六つ藤袴(ふじばかま)、七つ朝顔の花。うんさよう、これが秋の七種の花なのさ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
※七種(七草)については、文末に掲載。
◆展轉 戀者死友 灼然 色庭不出 朝容㒵之花
(作者未詳 巻十 二二七四)
≪書き下し≫臥(こ)いまろび恋ひは死ぬともいちしろく色には出(い)でじ朝顔(あさがほ)の花
(訳)身悶(もだ)えして恋死にすることはあっても、この思いをはっきり顔色にだしたりはいたしますまい。朝顔の花みたいには。(同上 二)
(注)こいまろぶ【臥い転ぶ】:ころげ回る。身もだえてころがる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)いちしるし【著し】形容詞:明白だ。はっきりしている。(同上)
※参考古くは「いちしろし」。中世以降、シク活用となり、「いちじるし」と
濁って用いられる。「いち」は接頭語。
◆言出而 云者忌染 朝㒵乃 穂庭開不出 戀為鴨
(作者未詳 巻十 二二七五)
≪書き下し≫言(こと)に出(い)でて言はばゆゆしみ朝顔の穂には咲き出(で)ぬ恋もするかも
(訳)口に出して言っては憚(はばか)り多いので、朝顔の花が表立って咲き出るような、そんな人目に立つそぶりを見せずにひそかに恋い焦がれています。(同上 二)
(注)ゆゆし 形容詞:①おそれ多い。はばかられる。神聖だ。②不吉だ。忌まわしい。縁起が悪い。③甚だしい。ひととおりでない。ひどい。とんでもない。④すばらしい。りっぱだ。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)あさがほの【朝顔の】枕詞:朝顔の花のように、の意で下の語句にかかる。
① 朝顔の花が美しく、人目につきやすいところから、「穂に咲き出づ」につづく。
② 朝顔の花が、朝咲いてたちまちしぼんでしまうところから、「はかなし」につづく。
③ 「年さえこごと」につづく。かかり方は未詳。一説に末句の「放(さ)く」に「咲く」の意を介してかかるという。また、初句の「わが愛妻」にかかるものが倒置されたともいう。あるいは比喩の句で、「凍(こご)ゆ」の意を表わすとも、稲などにからみつく意を表わすとも、恋人をたとえたものともいう。
※万葉(8C後)一四・三五〇二「わが愛妻(めづま)人は離(さ)くれど安佐我保能(アサガホノ)年さへこごと吾(わ)は離(さ)かるがへ」(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)
◆和我目豆麻 比等波左久礼杼 安佐我保能 等思佐倍己其登 和波左可流我倍
(作者未詳 巻十四 三五〇二)
≪書き下し≫我(わ)が目妻(めづま)人は放(さ)くれど朝顔(あさがほ)のとしさへこごと我(わ)は離(さか)るがへ
(訳)俺の目妻、そのいとしい女子を人は遠ざけようとするけれど、朝顔のとしさへこごと、俺たちは割かれたりするもんかい。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)目妻:愛妻(めづま)。
(注)としさえこごと:未詳
(注)がへ:終助詞《接続》活用語の連体形に付く。〔反語〕…しようか、いや、けっして…しない。…するものか。◆上代の東国方言。
※七草(ななくさ):七種とも書く。春の七草と秋の七草とがある。
春の七草は「芹 (セリ ) ,薺 (ナズナ ) ,御形 (おぎょう,ごぎょう。ハハコグサ ) ,はこべら (ハコベ ) ,仏座 (ほとけのざ。現在のコオニタビラコ ) ,菘 (すずな。カブ ) ,蘿葡 (すずしろ。ダイコン ) ,これぞ七草」と称し,この7種を早春 (正月7日) に摘んで刻み,餅とともにかゆ (七草粥) に炊いて食べると万病を防ぐといわれた。延喜年間 (10世紀頃) から朝廷で儀式化し,それが民間でも今日まで伝えられてきた。
秋の七草は『万葉集』の山上憶良の歌「秋の野に咲きたる花を指 (および) 折り,かき数ふれば七種 (ななくさ) の花」「萩 (ハギ ) の花,尾花 (ススキ ) ,葛花 (くずばな。クズ ) ,瞿麦 (なでしこ。カワラナデシコ ) の花,姫部志 (オミナエシ ) また藤袴 (フジバカマ ) ,朝がお (あさがお) の花 (現在のキキョウと考えられる) 」により伝承されている。古来初秋の草花として数え上げられたものということができる。(コトバンク ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「コトバンク ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典」