―その294―
●歌は、「家なれば笱に盛る飯を草枕旅にしあれば椎の葉に盛る」
●この歌については、これまでも何度か触れている。直近では、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その217)」「同197」である。ここでは、歌のみ掲載する。
◆家有者 笱尓盛飯乎 草枕 旅尓之有者 椎之葉盛
(有間皇子 巻二 一四二)
≪書き下し≫家なれば笱(け)に盛(も)る飯(いひ)を草枕旅(たび)にしあれば椎(しひ)の葉に盛る
(訳)家にいる時にはいつも立派な器物(うつわもの)に盛ってお供えをする飯(いい)なのに、その飯を、今旅の身である私は椎(しい)の葉に盛って神祭りをする。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
「しひ(マテバシイ)」は、ブナ科の常緑高木。古来椎の実は食用として親しまれてきた。
この歌の解釈としては、謀反人としての立場から皇子自身の食事の不自由さを表しているとの解釈と、古来の神事として神々しさを感じる椎の葉に飯を捧げて我が身の行く末を念じたと解釈する二通りがある。これに関しては、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その217)」に詳しく書いている。
―その295―
●歌は、「泊瀬の斎槻が下に我が隠せる妻あかねさし照れる月夜に人見てむかも」である。
●歌をみていこう。
◆長谷 弓槻下 吾隠在妻 赤根刺 所光月夜迩 人見點鴨 <一云人見豆良牟可>
(柿本人麻呂歌集 巻十一 二三五三)
≪書き下し≫泊瀬(はつせ)の斎槻(ゆつき)が下(した)に我(わ)が隠(かく)せる妻(つま)あかねさし照れる月夜(つくよ)に人見てむかも」である。<一には「人みつらむか」といふ>
(訳)泊瀬(はつせ)のこんもり茂る槻の木の下に、私がひっそりと隠してある、大切な妻なのだ。その妻を、あかあかと隈(くま)なく照らすこの月の夜に、人が見つけてしまうのではなかろうか。<人がみつけているのではなかろうか>(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)泊瀬の斎槻:人の立ち入りを禁じる聖域であることを匂わす。「泊瀬」は隠処(こもりく)の聖地とされた。「斎槻」は神聖な槻の木。
(注)いつき【斎槻】名詞:神が宿るという槻(つき)の木。神聖な槻の木。一説に、「五十槻(いつき)」で、枝葉の多く茂った槻の木の意とも。※「い」は神聖・清浄の意の接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
(注)あかねさし【茜さし】 枕詞:茜色に美しく映えての意で、「照る」にかかる。 (weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)
上記の(注)にあるように、「泊瀬(はつせ)」は隠処(こもりく)の聖地であり、万葉集には、泊瀬にかかる枕詞として「こもりくの【隠り口の】」がみえる。大和の国の初瀬(はつせ)の地は、四方から山が迫っていて隠れているように見える場所であることから、地名の「初(=泊)瀬」にかかる。万葉集初句索引(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫)によると「こもりくの泊瀬(はつせ)」が発句になっている歌は、十二首が収録されている。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」