●歌は、「恋しけば袖も振らむを武蔵野のうけらが花の色に出なゆめ」である。
●歌をみていこう。
◆古非思家波 素弖毛布良武乎 牟射志野乃 宇家良我波奈乃 伊呂尓豆奈由米
(作者未詳 巻十四 三三七六)
≪書き下し≫恋(こひ)しけば袖(そで)も振らむを武蔵野(むざしの)のうけらが花の色に出(づ)なゆめ
(訳)恋しかったら私は袖でも振りましょうものを。しかし、あなたは、武蔵野のおけらの花の色のように、おもてに出す、そんなことをしてはいけませんよ。けっして。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)
(注)うけら【朮】名詞:草花の名。おけら。山野に自生し、秋に白や薄紅の花をつける。根は薬用。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)
「うけら」は、現在のオケラの古名で、万葉集では三首詠まれている。三三七六歌の「或る本の歌」をもカウントすると四首となる。
三三七六歌の「或る本の歌」からみてみよう。
◆或本歌曰
伊可尓思弖 古非波可伊毛尓 武蔵野乃 宇家良我波奈乃 伊呂尓弖受安良牟
≪書き下し≫或る本の歌に曰(い)はく
いかにして恋ひばか妹(いも)に武蔵野のうけらが花に出(で)ずあらむ
(訳)どんなふうに恋い慕ったなら、あの子に対して、武蔵野のおけらの花の色のように、おもてに出すようなことをしないですますことができるのであろうか。(同上)
それでは、他の二首もみてみよう。
◆和我世故乎 安杼可母伊波武 牟射志野乃 宇家良我波奈乃 登吉奈伎母能乎
(作者未詳 巻十四 三三七九)
≪書き下し≫我(わ)が背子(せこ)をあどかも言はむ武蔵野のうけらが花の時なきものを
(訳)ああ、あの人に、この私の思いを何と言ったらよいのか。武蔵野のおけらの花に花時がないように、時を定めずいつもおもっているのに。(同上)
(注)あど 副詞:どのように。どうして。※「など」の上代の東国方言か。(学研)
◆安齊可我多 志保悲乃由多尓 於毛敝良婆 宇家良我波奈乃 伊呂尓弖米也母
(作者未詳 巻十四 三五〇三)
≪書き下し≫安斉可潟(あせかがた)潮干(しほひ)のゆたに思へらばうけらが花の色に出(で)めやも
(訳)安斉可潟、その潟の潮干のゆったりしているまんまの気分で、お前さんを思うのだったら、どうしておけらの花のように思いを顔に出したりしようか。(同上)
(注)ゆたなり【寛なり】形容動詞:ゆったりとしている。
「うけら」の詠まれている歌は、すべて巻十四「東歌」の中にある。三三七六、三三七九歌は、「武蔵國歌」、三五〇三歌は、「未勘国歌」である。
「うけら」の現在名のオケラで頭に浮かぶのが、「おけら参り」である。コトバンク「百科事典マイペディア」によると、「京都八坂神社の行事。大晦日(おおみそか)から元日の朝にかけて神前に供えた削掛と薬草のオケラをたいて邪気を払い,参拝者はこの白朮火(おけらび)を吉兆縄に移して持ち帰り,元日の雑煮を煮たり,神棚や仏壇の灯明をともしたりする。」とある。
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)
★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」
★「コトバンク 百科事典マイペディア」