万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(342,343)―東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(83,84)―万葉集 巻七 一三三八、巻七 一一三三

―その342―

●歌は、「我がやどに生ふるつちはり心ゆも思はぬ人の衣に摺らゆな」である。

 

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万葉の森船岡山万葉歌碑(83)(作者未詳)

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(83)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆吾屋前尓 生土針 従心毛 不思人之 衣尓須良由奈

               (作者未詳 巻七 一三三八)

 

≪書き下し≫我(わ)がやどに生(お)ふるつちはり心ゆも思はぬ人の衣に摺らゆな

 

(訳)我が家の庭に生えているつちはりよ、お前は、心底お前を思ってくれぬ人の衣(きぬ)に摺られるなよ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ゆ 格助詞 《接続》:体言、活用語の連体形に付く。〔起点〕…から。…以来。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)つちはり【土針】植物の名。メハジキとも、ツクバネソウとも、エンレイソウともいわれる。諸説があるが、メハジキが有力。シソ科の越年草。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

つちはりを自分の娘に喩え、「心ゆも思はぬ人」と結ばれることがないようにと、戒める親の気持ちを歌っている。

 

 

―その343―

●歌は、「すめろきの神の宮人ところづらいやとこしくに我れかへり見む」である。

 

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万葉の森船岡山万葉歌碑(84)

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(84)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆皇祖神之 神宮人 冬薯蕷葛 弥常敷尓 吾反将見

             (作者未詳 巻七 一一三三)

 

≪書き下し≫すめろきの神の宮人(みやひと)ところづらいやとこしくに我(わ)れかへり見む

 

(訳)代々の大君に仕えてきた大宮人たち、その大宮人たちと同じように、われらもいついつまでもやってきて、この吉野を見よう。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)ところずら〔‐づら〕【野老葛】[枕]① 同音の繰り返しで「常(とこ)しく」にかかる。② 芋を掘るとき、つるをたどるところから、「尋(と)め行く」にかかる。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

※「ところづら」は「トコロ」のことで、「づら」はツルの意味である。ヤマノイモ科。

野老(ところ)が群生しているのをみて、在原業平が「野老澤」と言ったのが、今の埼玉県所沢のルーツともいわれている。

 

この歌群(一一三〇~一一三四歌)の題詞は、「芳野作」<吉野(よしの)作>である。羇旅の歌である。

他の歌もみてみよう。

 

◆神左振 磐根己凝敷 三芳野之 水分山乎 見者悲毛

                (作者未詳 巻七 一一三〇)

 

≪書き下し≫神(かむ)さぶる岩根(いはね)こごしきみ吉野の水分山(みくまりやま)を見れば悲しも

 

(訳)神々しい大岩の根のごつごつと切り立つ、ここみ吉野の水分山、この山を見ると、せつないほどに身が引き締まってくる。(同上)

(注)かむさぶ>かみさぶ 【神さぶ】自動詞①神々(こうごう)しくなる。荘厳に見える。②古めかしくなる。古びる。③年を取る。※「さぶ」は接尾語。古くは「かむさぶ」。

(注)こごし 形容詞:凝り固まってごつごつしている。(岩が)ごつごつと重なって険しい。※上代語。(学研)

(注)水分山(みくまりやま):吉野水分神社のある山

 

◆皆人之 戀三芳野 今日見者 諾母戀来 山川清見

              (作者未詳 巻七 一一三一)

 

≪書き下し≫皆人(みなひと)の恋ふるみ吉野今日(けふ)見れば諾(う)べも恋ひけり山川(やまかは)清み

 

(訳)大宮人の誰もかれもが恋い焦がれているみ吉野、その吉野を今日訪ねて見てみると、なるほど恋い焦がれるのももっとなことだ。山も川も清らかなのだから。(同上)

(注)うべ【宜・諾】副詞:なるほど。もっともなことに。▽肯定の意を表す。※中古以降「むべ」とも表記する。(学研)

 

 

夢乃和太 事西在来 寤毛 見而来物乎 念四念者

               (作者未詳 巻七 一一三二)

 

≪書き下し≫夢(いめ)のわだ言(こと)にしありけりうつつにも見て来(け)るものを思(おも)ひし思(も)へば

 

(訳)夢のわだとは、名ばかりであった。夢でなく今現に、見て来たのだもの。長いあいだ、見たい見たいと思って来たあげくに。(同上)

(注)わだ【曲】名詞:入り江など、曲がった地形の所。(学研)

(注)ことにす【事にす】分類連語:よいこととする。それに満足する。 ※なりたち名詞「こと」+格助詞「に」+サ変動詞「す」 (学研)

 

◆能野川 石迹柏等 時齒成 吾者通 万世左右二

              (作者未詳 巻七 一一三四)

 

≪書き下し≫吉野川(よしのがは)巌(いはほ)と柏(かへ)と常磐(ときは)なす我(わ)れは通はむ万代(よろづよ)までに

 

(訳)吉野川に根を張る巌(いわお)と柏(かや)の木とが変わることがないように、われらはかわりなくここに通おう。いついつまでも。(同上)

(注)柏(かへ):常緑高木の榧(かや)の木。

(補注)榧(かや)」宮城県以南の太平洋側を原産とするイチイ科の常緑針葉樹。韓国の済州島にも分布するが、屋久島より南には見られない。成長は遅いものの樹齢が長く、種子から採取する油を燈明に用いたため、各地の神社仏閣等に巨木が残る。ちなみに「茅吹屋根」などに使う茅(萱)は草であり、本種とは関係がない。(庭木図鑑 植木ペディアより)

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉

★「庭木図鑑 植木ペディア」