●歌は、「ぬばたまの夜の更けゆけば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く」である。
●この歌は、題詞「山部宿祢赤人作歌二首幷短歌」のなかの前群の反歌二首のうちの一首である。前群は吉野の宮を讃える長歌と反歌二首であり、後群は天皇を讃える長歌と反歌一首という構成をなしている。歌群全般については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その125)でふれている。ここでは、この歌のみみていこう。
◆烏玉之 夜乃深去者 久木生留 清河原尓 知鳥數鳴
(山部赤人 巻六 九二五)
≪書き下し≫ぬばたまの夜(よ)の更けゆけば久木(ひさぎ)生(お)ふる清き川原(かはら)に千鳥(ちどり)しば鳴く
(訳)ぬばたまの夜が更けていくにつれて、久木の生い茂る清らかなこの川原で、千鳥がちち、ちちと鳴き立てている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)
(注)ぬばたま:黒い玉の意で、ヒオウギの花が結実した黒い実をいう。ヒオウギはアヤメ科の多年草で、アヤメのように、刀形の葉が根元から扇状に広がっている。この姿が、昔の檜扇に似ているのでこの名がつけられたという。
(注)ひさぎ:植物の名。キササゲ、またはアカメガシワというが未詳。(コトバンク デジタル大辞泉)
万葉集では、ヒオウギを詠んだ歌は無く、その実が黒いことから、黒、夜、闇、夕、髪などにかかる枕詞として六十二首に詠われている。
奈良県のHP「はじめての万葉集 vol.2」に、この歌の解説が載っている。
「『万葉集』には吉野の宮を讃(たた)えて詠んだ山部赤人(やまべのあかひと)の歌がいくつか載っています。右の歌(※九二五歌のこと)もそれにあたり、長歌(ちょうか)に対する反歌(はんか)の一つになります。
『ぬばたま』はヒオウギという植物のことで、種子が真っ黒であることから黒いものに続いていきます。この歌でも『ぬばたまの夜』とあることから、暗闇になる夜を導く言葉として使われています。その夜更けに川原で千鳥が鳴いているようすが詠まれています。(後略)」
「ぬばたまの」と言えば、万葉集で一番古い歌と言われる磐姫皇后(いはのひめのおほきさき)の歌が頭に浮かぶ。
◆居明而 君乎者将待 奴婆珠能 吾黒髪尓 霜者零騰文
(磐姫皇后 巻二 八九)
≪書き下し≫居明(ゐあ)かして君をば待たむぬばたまの我(わ)が黒髪に霜は降るとも
(訳)このまま佇(たたず)につづけて我が君のお出(で)を待とう。この私の黒髪に霜は白々と降りつづけようと。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)
(参考文献)
★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)
★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)