万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その352)―東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(93)―

●歌は、「うち靡く春さり来れば小竹の末に尾羽打ち触れてうぐひす鳴くも」である。

 

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万葉の森船岡山万葉歌碑(93)(作者未詳)

●歌碑は、東近江市糠塚町 万葉の森船岡山(93)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆打靡 春去来者 小竹之末丹 尾羽打觸而 鸎之音

               (作者未詳 巻十 一八三〇)

 

≪書き下し≫うち靡(なび)く春さり来(く)れば小竹(しの)の末(うれ)に尾羽(をは)打ち触(ふ)れてうぐひす鳴くも

 

(訳)草木の靡く春がやって来たので、篠(しの)の梢に尾羽(おばね)を打ち触れて、鶯がしきりにさえずっている。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)うちなびく【打ち靡く】分類枕詞:なびくようすから、「草」「黒髪」にかかる。また、春になると草木の葉がもえ出て盛んに茂り、なびくことから、「春」にかかる。

 

「しの」には「小竹」「細竹」の字をあてている。文字通り、稈(茎)が細くて群がって生えている小形の竹類の総称で、メダケ、ヤダケ、ネザサなどがあてはまる。

 

この歌は、題詞「詠鳥」一八一九から一八四〇歌(ただし内七首は鳥が詠われていない)の一首である。鴬が十首、呼子鳥が四首、杲鳥(かほとり)が一首である。

(注)よぶこどり【呼子鳥・喚子鳥】名詞:鳥の名。人を呼ぶような声で鳴く鳥。

かっこうの別名か。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)かほとり【貌鳥・容鳥】名詞:鳥の名。未詳。

顔の美しい鳥とも、「かっこう」とも諸説ある。「かほどり」とも。(学研)

 

 鴬と共に、春の枕詞「うち靡く」に呼応するかのように、植物では、しなやかになびく「しの」と「やなぎ」が詠われている。植物の特性を巧みに詠み込む万葉びとの自然観察力に頭がさがる思いである。

 

「打ち靡く」とともに柳を詠んだこの歌群のなかの歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その260)」でとりあげている。歌を見てみよう。

 

◆打靡 春立奴良志 吾門之 柳乃宇礼尓 鸎鳴都

              (作者未詳 巻十 一八一九)

 

≪書き下し≫うち靡(なび)く春立ちぬらし我が門の柳の末(うれ)にうぐひす鳴きつ

 

(訳)草木の靡く春がいよいよやって来たらしい。我が家の門の柳の枝先に、鶯が鳴きはじめた。(伊藤 博 著「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

 

春の鳥、「鴬」とともに、この歌群では、春の植物として「柳」(二首)、「梅」(二首)、「小竹」(一首)が詠われている。梅二首と柳一首もみておこう。

 

 

◆梅花 開有岳邊尓 家居者 乏毛不有 鸎之音

                (作者未詳 巻十 一八二〇)

 

≪書き下し≫梅の花咲ける岡辺(をかへ)に家居(いへを)れば乏(とも)しくもあらずうぐひすの声

 

(訳)梅の花の咲いている岡のほとりに家を構えて住んでいると、ふんだんに聞こえてくる。鴬の声が。(同上)

 

◆梅枝尓 鳴而移徙 鸎之 翼白妙尓 沫雪曽落

                (作者未詳 巻十 一八四〇)

 

≪書き下し≫梅が枝(え)に鳴きて移ろふうぐひすの羽(はね)白妙(しろたへ)に沫雪(あわゆき)ぞ降る

 

(訳)梅の枝から枝へと鳴きながら飛び移っている鶯の、その羽も真っ白になるほど、泡雪が降っている。(同上)

(注)あわゆき 沫雪・泡雪】名詞:泡のように消えやすい、やわらかな雪。

 

◆春霞 流共尓 青柳之 枝喙持而 鸎鳴毛

                (作者未詳 巻十 一八二一)

 

≪書き下し≫春霞流るるなへに青柳(あをやぎ)の枝(えだ)くひ持ちてうぐひす鳴くも

 

(訳)春霞が流れたなびく折しも、青柳(あおやぎ)の枝を口にくわえ持って、鶯が鳴いている。(同上)

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」