万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その380)―奈良県宇陀市 蓮昇禅寺―

●歌は、「池神の力士舞かも白鷺の桙啄ひ持ちて飛び渡るらむ」である。

 

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奈良県宇陀市 蓮昇禅寺万葉歌碑(長忌寸意吉麻呂)

●歌碑は、奈良県宇陀市 蓮昇禅寺にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆池神 力士舞可母 白鷺乃 桙啄持而 飛渡良武

                                   (長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八三一)

 

≪書き下し≫池神の力士舞かも白鷺の桙啄ひ持ちて飛び渡るらむ

 

(訳)池の神の演じたまう力士舞(りきじまい)とでもいうのであろうか、白鷺が長柄の桙(ほこ)をくわえて飛び渡っている。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)りきじまひ【力士舞ひ】名詞:「伎楽(ぎがく)」の舞の一つ。「金剛力士(こんがうりきし)」の扮装(ふんそう)をして、鉾(ほこ)などを持って舞う。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

標題は、「長忌寸意吉麻呂歌八首」<長忌寸意吉麻呂(ながのいみきおきまろ)が歌八首>とある(三八二四~三八三一)歌群のうちの題詞が、「詠白鷺啄木飛歌」<白鷺(しらさぎ)の木を啄(く)ひて飛ぶを詠む歌>一首である。

 

他の七首をみておこう。

 

 

◆刺名倍尓 湯和可世子等 櫟津乃 檜橋従来許武 狐尓安牟佐武

               (長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八二四)

 

≪書き下し≫さし鍋(なべ)に湯沸(わ)かせ子ども櫟津(いちひつ)の檜橋(ひばし)より来(こ)む狐(きつね)に浴(あ)むさむ

 

(訳)さし鍋の中に湯を沸かせよ、ご一同。櫟津(いちいつ)の檜橋(ひばし)を渡って、コムコムとやって来る狐に浴びせてやるのだ。(「万葉集 三」 伊藤 博 著 角川ソフィア文庫より)

(注)さすなべ【(銚子)】:柄と注口(つぎぐち)のついた鍋、さしなべ。

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その53)」で紹介している。

 

題詞は、行騰(むかばき)、蔓菁(あをな)、食薦(すごも)、屋梁(うつはり)を詠む歌

 

◆食薦敷 蔓菁▼将来 樑尓 行騰懸而 息此公

               (長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八二五)

  • ▼は「者」に下に「火」=「煮」

 

≪書き下し≫食薦(すごも)敷き青菜煮(に)て来(こ)む梁(うつはり)に行縢(むかばき)懸(か)けて休めこの君

 

(訳)食薦(すごも)を敷いて用意し、おっつけ青菜を煮て持ってきましょう。行縢(むかばき)を解いてそこの梁(はり)に引っ懸(か)けて、休んでいて下さいな。お越しの旦那さん。(同上)

(注)すごも 【簀薦・食薦】名詞:食事のときに食膳(しよくぜん)の下に敷く敷物。竹や、こも・いぐさの類を「簾(す)」のように編んだもの。(学研)

(注)樑(うつはり):家の柱に懸け渡す梁

(注)むかばき【行縢】名詞:旅行・狩猟・流鏑馬(やぶさめ)などで馬に乗る際に、腰から前面に垂らして、脚や袴(はかま)を覆うもの。多く、しか・くまなどの毛皮で作る。

 

 

題詞は、「荷葉(はちすは)を詠む歌」である。

 

蓮葉者 如是許曽有物 意吉麻呂之 家在物者 宇毛乃葉尓有之

                (長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八二六)

 

≪書き下し≫蓮葉(はちすば)はかくこそあるもの意吉麻呂(おきまろ)が家にあるものは芋(うも)の葉にあらし

 

(訳)蓮(はす)の葉というものは、まあ何とこういう姿のものであったのか。してみると、意吉麻呂の家にあるものなんかは、どうやら里芋(いも)の葉っぱだな。(同上)

(注)蓮葉:宴席の美女の譬え。

(注)宇毛乃葉:妻をおとしめて言った。芋(うも)に妹(いも)をかけた。

 

 ここにいう「芋(うも)」は、現在の「里芋」である。日本にはイネよりも早く伝わっている。昔から食用にしていた「山芋(やまいも)」(自然生<じねんじょう>)に対し、里(人の住むところ)で栽培したので「里芋」という。

蓮は、きれいな花を咲かせるので、美人の形容とされていた。

 

 

題詞は、「双六(すごろく)の頭(さえ)を詠む歌」である。

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(53)」で紹介している。

 

◆一二之目(いちにのめ) 耳不有(のみにはあらず) 五六三(ごろくさむ) 四佐倍有来(しさへありける) 雙六乃佐叡(すぐろくのさえ)

               (長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八二七)

 

≪書き下し≫一二之目(いちに)の目のみにはあらず五六三四(ごろくさむしさへありけり 双六(すぐろく)の頭(さえ)

 

(訳)一、二の黒目だけじゃない。五、六の黒目、三と四の赤目さえあったわい。双六の賽ころには。(同上)

 

 

題詞は、「香(かう)、塔(たふ)、厠(かはや)、屎(くそ)、鮒(ふな)、奴(やつこ)を詠む歌」である。

 

◆香塗流 塔尓莫依 川隈乃 屎鮒喫有 痛女奴

(長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八二八)

 

≪書き下し≫香(かう)塗(ぬ)れる塔(たふ)にな寄りそ川隈(かはくま)の屎鮒(くそぶな)食(は)めるいたき女(め)奴(やつこ)

 

(訳)香を塗りこめた清らかな塔に近寄ってほしくないな。川の隅に集まるある屎鮒(くそぶな)など食って、ひどく臭くてきたない女奴よ。(同上)

(注)いたし【痛し・甚し】形容詞:①痛い。▽肉体的に。②苦痛だ。痛い。つらい。▽精神的に。③甚だしい。ひどい。④すばらしい。感にたえない。⑤見ていられない。情けない。(学研)ここでは、⑤

 

 

題詞は、「酢(す)、醤(ひしほ)、蒜(ひる)、鯛(たひ)、水葱(なぎ)を詠む歌」である。

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(353)」で紹介している。

◆醤酢尓 蒜都伎合而 鯛願 吾尓勿所見 水葱乃▼物

(長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八二九)

※           ▼は、「者」の下が「灬」でなく「火」である。「▼+物」で「あつもの」

 

≪書き下し≫醤酢(ひしほす)に蒜(ひる)搗(つ)き合(か)てて鯛願ふ我(われ)にな見えそ水葱(なぎ)の羹(あつもの)は

 

(訳)醤(ひしお)に酢を加え蒜(ひる)をつき混ぜたたれを作って、鯛(たい)がほしいと思っているこの私の目に、見えてくれるなよ。水葱(なぎ)の吸物なんかは。

 

 

題詞は、「玉掃(たまばはき)、鎌(かま)、天木香(むろ)、棗(なつめ)を詠む歌」である。

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(202)」他でも紹介している。

 

◆玉掃(たまばはき) 苅来鎌麻呂(かりこかままろ) 室乃樹(むろのきと) 與棗本(なつめがもとと) 可吉将掃為(かきはかむため)

               (長忌寸意吉麻呂 巻十六 三八三〇)

 

(訳)鎌麿よ、玉掃を刈り取って来なさい。むろの木と棗の木の下を掃こうと思うから。(同上)

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」