万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その396)―三重県津市 三重県護国神社―防人の歌(4)

●歌は、「母刀自も玉にもがもや戴きてみづらの中に合へ巻かまくも」である。

 

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三重県護国神社万葉歌碑(津守小黒栖

●歌碑は、三重県津市 三重県護国神社の拝殿に向かって左、拝殿から3番目の灯篭である。

 

●歌をみていこう。

 

◆阿母刀自母 多麻尓母賀母夜 伊多太伎弖 美都良乃奈可尓 阿敝麻可麻久母

               (津守小黒栖 巻二十 四三七七)

 

≪書き下し≫母刀自(あもとじ)も玉にもがもや戴(いただ)きてみづらの中(なか)に合(あ)へ巻かまくも

 

(訳)お袋様がせめて玉ででもあったらよいのにな。捧(ささ)げ戴いて角髪(みづら)の中に一緒に巻きつけように。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)ははとじ【母刀自】名詞:母君。母上。▽母の尊敬語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)もがも 終助詞:《接続》体言、形容詞・断定の助動詞の連用形などに付く。〔願望〕…があったらなあ。…があればいいなあ。(学研)

(注)みづら【角髪・角子】名詞:男性の髪型の一つ。髪を頭の中央で左右に分け、耳のあたりで束ねて結んだもの。上代には成年男子の髪型で、平安時代には少年の髪型となった。

(注)まく…:だろうこと。…(し)ようとすること。 ※派生語。語法活用語の未然形に付く。 ※なりたち推量の助動詞「む」の古い未然形「ま」+接尾語「く」

 

左注は、「右一首津守宿祢小黒栖」<右の一首は津守宿禰小黒栖(つもりのすくねをぐろす)>である。

 

四三七三から四三八三歌の十一首の歌群に関する左注は、「二月十四日下野國防人部領使正六位上田口朝臣大戸進歌數十八首 但拙劣歌者不取載之」<二月の十四日、下野(しもつけ)の国の防人部領使(さきもりのことりづかひ)正六位上田口朝臣大戸(たぐちのあそみおほへ)進(たてまつ)る歌の数十八首。 ただし、拙劣(せつれつ)の歌は取り載せず>である。

この歌群の中で、「母」への心(情)を詠ったものをみてみよう。

 

都乃久尓乃 宇美能奈伎佐尓 多志埿毛等伎尓 阿母我米母我母

               (塩屋部上丁丈部足人 巻二十 四三八二)

 

≪書き下し≫摂津の国の海の渚(なぎさ)に船装(ふなよそほ)ひ立(た)し出(で)も時に母(あも)が目もがも

 

(訳)摂津の国の海の渚で船出の用意をし、いよいよ出発する時に、母さんにせめて一目逢えたらなあ。(同上)

(注)津の国:分類地名「摂津(せつつ)」の国の古名。(Weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)立(た)し出(で)も;「立ち出む」の訛り

(注)もがも 終助詞:《接続》体言、形容詞・断定の助動詞の連用形などに付く。〔願望〕…があったらなあ。…があればいいなあ。

「父母」への思いを詠った歌が、四三七六、四三七八歌である。四三七八歌をみてみよう。

 

 

◆都久比夜波 須具波由氣等毛 阿母志ゝ可 多麻乃須賀多波 和須例西奈布母

               (中臣部足國 巻二十 四三七八)

 

≪書き下し≫月日(つくひ)やは過(す)ぐは行けども母父(あもしし)が玉の姿は忘れせなふも

 

(訳)月日だけは、どんどん過ぎ去ってゆくけれども、母さん父さんの玉のような姿は忘れることができない。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)月日やは:月日だけは、「や」は副助詞か。

(注)過ぐ:過ぎの東国形。

(注)あもしし【母父】名詞:母(はは)と父(ちち)。父母。 ※上代の東国方言。(学研)

(注)なふ 助動詞特殊型 《接続》動詞の未然形に付く。:〔打消〕…ない。…ぬ。 ※上代の東国方言。(学研)

 

 防人の歌は、このような「わたくしごと」的な悲別の情を詠った歌が多いのである。防人達の思いを定型的な歌の形で歌い上げることができる知的レベル論からすれば、疑問視する点も多いとも思われるが、気持ちを汲んで例えば、都人が歌の形に作り上げたのかも知れないとしても、防人達の気持ちがありきで、しかもそこに「東国の訛り」を残しつつ都人的な「歌」が出来上がっていると考えることもできよう。ここにも万葉集万葉集たる所以が垣間見ることができるのである。

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫

★「万葉集と日本人 読み継がれる千二百年の歴史」 小川靖彦 著 (角川選書

★「万葉集をどう読むか―歌の『発見』と漢字世界」 神野志隆光 著 (東京大学出版会

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」