万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その441)―御所市古瀬 阿吽寺―万葉集 巻一 五四

●歌は、「巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を」である。

 

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御所市古瀬 阿吽寺万葉歌碑(坂門人足

●歌碑は、御所市古瀬 阿吽寺にある。

 

●歌をみていこう。

 歌については、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その296)でも紹介している。重複するが、みてみよう。

 

◆巨勢山乃 列ゝ椿 都良ゝゝ尓 見乍思奈 許湍乃春野乎

                (坂門人足 巻一 五四)

 

≪書き下し≫巨勢山(こせやま)のつらつら椿(つばき)つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を

 

(訳)巨勢山のつらつら椿、この椿の木をつらつら見ながら偲ぼうではないか。椿花咲く巨勢の春野の、そのありさまを。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)こせやま【巨勢山】:奈良県西部、御所(ごせ)市古瀬付近にある山。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)つらつらつばき 【列列椿】名詞:数多く並んで咲いているつばき。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)しのぶ 【偲ぶ】:①めでる。賞美する。②思い出す。思い起こす。思い慕う。(学研)

 

 題詞は、「大寳元年辛丑秋九月太上天皇幸于紀伊國時歌」<大宝(だいほう)元年辛丑(かのとうし)の秋の九月に、太上天皇(おほきすめらみこと)、紀伊の国(きのくに)に幸(いでま)す時の歌>である。

 左注は「右一首坂門人足」<右の一首は坂門人足(さかとのひとたり)>である。

(注)太上天皇:持統上皇

 

「御所市観光ガイド」(御所市観光協会・御所市まちづくり推進課HP)の阿吽寺の「御由緒・いわれ」には次のように書かれている。

「『つらつら椿』の名所として知られる巨勢寺の子院の一つです。

平安時代に巨勢川(曽我川)が氾濫し、里人が非難に窮したとき、阿吽法師という人が来て里人を救済したので、里人が法師を崇めここに住まわせたので、法師の名に因んで阿吽寺と呼ばれるようになったと言われます。

椿の名所らしく山号を『玉椿山』と言います。」

 

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阿吽寺境内

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阿吽寺山門

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阿吽寺参道

 高天寺橋本院から県道120号線を経て国道309号線に入り、阿吽寺の参道下の細長い駐車場に車を止める。少し坂を上ると山門に着く。椿の季節はすんでいたが、2,3輪は咲いており面影を残している。小さな庭の少し奥まったところに歌碑は設けられている。

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椿に囲まれた歌碑

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阿吽寺名残の椿

 野生の椿は群れ咲くので、春の野にまさに「つらつら椿」の様相を呈しているのであろう。万葉集に椿の歌は、意外と少なく9首が収録されるにとどまっている。

 

歌については、これまでも何度かブログで紹介したことがある。この歌のリズミカルなところが魅力的で、是非訪れたいと思っていた。ついにやって来ました。歌碑の歌をながめ歌を詠むだけで、歌碑が躍り出しそうに感じてしまう。

 

 

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阿吽寺説明案内板

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「御所市観光ガイド」(御所市観光協会・御所市まちづくり推進課HP)