万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その467)―奈良市神功4丁目 万葉の小径(3)―万葉集 巻二〇 四四四八 

●歌は、「あぢさゐの八重咲くごとく八つ代にをいませ我が背子見つつ偲はむ」である。

 

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奈良市神功4丁目 万葉の小径(3)万葉歌碑(橘諸兄 あぢさひ)

●歌碑は、奈良市神功4丁目 万葉の小径(3)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆安治佐為能 夜敝佐久其等久 夜都与尓乎 伊麻世和我勢故 美都ゝ 思努波牟

               (橘諸兄 巻二〇 四四四八)

 

≪書き下し≫あぢさゐの八重(やへ)咲く如く八(や)つ代(よ)にをいませわが背子(せこ)見つつしのはむ

 

(訳)あじさいが次々と色どりを変えてま新しく咲くように、幾年月ののちまでもお元気でいらっしゃい、あなた、あじさいを見るたびにあなたをお偲びしましょう。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)八重咲くごとく:次々と色どりを変えてま新しく咲くように。あじさいは色が変わるごとに新しい花が咲くような印象を与える。

(注)八つ代:幾久しく。「八重」を受けて「八つ代」といったもの。

                        

 四四四六から四四四八歌の歌群の題詞は、「同月十一日左大臣橘卿宴右大辨丹比國人真人之宅三首」<同じ月の十一日に、左大臣橘卿(たちばなのまへつきみ)、右大弁(うだいべん)丹比國人真人(たぢひのくにひとのまひと)が宅(いへ)にして宴(うたげ)する歌三首>である。

 

 左注は、「右一首左大臣寄味狭藍花詠也」<右の一首は、左大臣、味狭藍(あじさゐ)の花に寄せて詠む。>である。

 

 「ガクアジサイは梅雨時に房状の青紫色の花を咲かせる落葉低木で、万葉集に二度歌われている。一本の木に、まるで木を覆い尽くすようにたくさんの花が咲くので、「八重咲く」と表現した。他の花に「八重咲く」の形容がなく、ただ、白波が次々と岸に押し寄せて来る様子を「八重折る」とは歌っているので、あちこちに花が盛り上がっている様を「八重咲く」と見たのであろう。また、花は特定はしていないが、花の咲き揃う様を「七重花咲く八重花咲く」とも歌っているので、花が豪華にこぼれんばかりに咲く様子と受け取れる。

この歌は天平七歳五月十一日に平城京に於いて、右大弁丹比真人国人(うだいべんたじひのまひとくにひと)の宅で、左大臣橘卿(橘諸兄:たちばなもろえ)を中心とした宴会の席で歌われたものである。主人の国人は橘卿の来席に感謝し、諸兄をなでしこの花のように素敵な人であると讃えた。それに応えて橘卿が国人の寿を願って、あじさいの花のようにいつまでも元気であってほしいと歌ったものである。「やつ代」は、八重を受けて八つ代(何代にもわたって)とも、彌つ代(幾年月の代まで)ともいう。」(万葉の小径 あぢさゐの歌碑)                         

 

 

 他の二首もみてみよう。

 

◆和我夜度尓 佐家流奈弖之故 麻比波勢牟 由米波奈知流奈 伊也乎知尓左家

               (丹比國人真人 巻二十 四四四六)

 

≪書き下し≫我がやどに咲けるなでしこ賄(まひ)はせむゆめ花散ちるないやをちに咲け

 

(訳)我が家の庭に咲いているなでしこよ、贈り物は何でもしよう。けっしてちるなよ。いよいよ若返り続けて咲くのだぞ。(同上)

(注)なでしこ:左大臣橘諸兄に言寄せている

(注)まひ【幣】名詞:依頼や謝礼のしるしとして神にささげたり、人に贈ったりする物。「まひなひ」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)いやをちに【弥復ちに】副詞:何度も繰り返して。ますます若返って。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

左注は、「右一首丹比國人真人壽左大臣歌」<右の一首は、丹比国人真人、左大臣を寿(ほ)ぐ歌>である。

 

◆麻比之都ゝ 伎美我於保世流 奈弖之故我 波奈乃未等波無 伎美奈良奈久尓

                  (橘諸兄 巻二十 四四四七)

 

≪書き下し>賄(まひ)しつつ君が生(お)ほせるなでしこが花のみ問(と)はむ君ならなくに 

 

(訳)贈り物をしてはあなたがたいせつに育てているなでしこ、あなたは、そのなでしこの花だけに問いかけるようなお方ではないはずです。(同上)

 

左注は、「右一首左大臣和歌」<右の一首は、左大臣が和(こた)ふる歌>である。

 

歌碑の説明文にもあったように、よく知られている花であるが、アジサイが詠まれた歌は二首だけである。

 

もう一首は、大伴家持坂上大嬢に贈った歌である。こちらもみてみよう。

 

◆事不問 木尚味狭藍 諸弟等之 練乃村戸二 所詐来

               (大伴家持 巻四 七七三)

 

≪書き下し≫言とはぬ木すらあぢさゐ諸弟(もろと)らが練(ね)りのむらとにあざむかえり

 

(訳)口のきけない木にさえも、あじさいのように色の変わる信用のおけないやつがある。まして口八丁の諸弟(もろと)らの練りに練ったご託宣の数々にのせられてしまったのはやむをえにことだわい。(同上)

(注)諸弟:使者の名前か。

(注)練(ね)りのむらと:練りに練った荘重な言葉の意か。「むらと」は「群詞」か。

 

アジサイの七変化も色の変わる信用のおけないやつと譬えられるとは心外であろう。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「万葉の小径 あぢさゐの歌碑」