万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その473)―奈良市神功4丁目 万葉の小径(9)―万葉集 巻十八 四一〇六

●歌は、「大汝少彦名の神代より言ひ継げらく(中略)世の人の立つる言立ちさの花咲ける盛りにはしきよし・・・」である。

 

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奈良市神功4丁目 万葉の小径(9)(大伴家持 ちさ)


●歌碑は、奈良市神功4丁目 万葉の小径(9)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆於保奈牟知 須久奈比古奈野 神代欲里 伊比都藝家良之 父母乎 見波多布刀久 妻子見波 可奈之久米具之 宇都世美能 余乃許等和利止 可久佐末尓 伊比家流物能乎 世人能 多都流許等太弖 知左能花 佐家流沙加利尓 波之吉余之 曽能都末能古等 安沙余比尓 恵美ゝ恵末須毛 宇知奈氣支 可多里家末久波 等己之へ尓 可久之母安良米也 天地能 可未許等余勢天 春花能 佐可里裳安良牟等 末多之家牟 等吉能沙加利曽 波奈礼居弖 奈介可須移母我 何時可毛 都可比能許牟等 末多須良無 心左夫之苦 南吹 雪消益而 射水河 流水沫能 余留弊奈美 左夫流其兒尓 比毛能緒能 移都我利安比弖 尓保騰里能 布多理雙坐 那呉能宇美能 於支乎布可米天 左度波世流 支美我許己呂能 須敝母須敝奈佐  <言佐夫流者遊行女婦之字也>

               (大伴家持 巻十八 四一〇六)

 

≪書き下し≫大汝(おほなむち) 少彦名(すくなひこな)の 神代(かみよ)より 言ひ継(つ)ぎけらく 父母を 見れば貴(たふと)く 妻子(めこ)見れば 愛(かな)しくめぐし うつせみの 世のことわりと かくさまに 言ひけるものを 世の人の 立つる言立(ことだ)て ちさの花 咲ける盛りに はしきよし その妻(つま)の子(こ)と 朝夕(あさよひ)に 笑(ゑ)みみ笑まずも うち嘆き 語りけまくは とこしへに かくしもあらめや 天地(あめつち)の 神(かみ)言寄(ことよ)せて 春花の 盛りもあらむと 待たしけむ 時の盛りぞ 離(はな)れ居(ゐ)て 嘆かす妹が いつしかも 使(つかひ)の来(こ)むと 待たすらむ 心寂(さぶ)しく 南風(みなみ)吹き 雪消(ゆきげ)溢(はふ)りて 射水川(いづみ かは) 流る水沫(みなは)の 寄るへなみ 左夫流(さぶる)その子(こ)に 紐(ひも)の緒(を)の いつがり合ひて にほ鳥の ふたり並び居(ゐ) 奈呉(なご)の海の 奥(おき)を深めて さどはせる 君が心の すべもすべなさ  <佐夫流と言ふは遊行女婦(うかれめ)の字(あざな)なり>

 

(訳)大汝(おほなむち)命(みこと)と少彦名命が国土を造り成したもうた遠い神代の時から言い継いできたことは、「父母は見る尊いし、妻子は見るといとしくいじらしい。これがこの世の道理なのだ」と、こんな風に言ってきたものだが、それが世の常の人の立てる誓いの言葉なのだが、その言葉通りに、ちさの花の真っ盛りの頃に、いとしい奥さんと朝に夕に、時には微笑み時に真顔で、溜息まじりに言い交した、「いつまでもこんな貧しい状態が続くということがあろうか、天地の神々がうまく取り持って下さって、春の盛りの花のように栄える時もあろう」と言う言葉をたよりに奥さんが待っておられた、その盛りの時が今なのだ。

離れていて溜息ついておられるお方が、いつになったら夫の使いが来るのだろうとお待ちになっているその心はさぞ寂しいことだろうに、ああ、南風が吹き雪解け水が溢れて、射水川の流れに浮かぶ水泡(みなわ)のように寄る辺もなくうらさびれるという、左夫流と名告るそんな娘(こ)なんぞに、紐の緒のようにぴったりくっつき合って、かいつぶりのように二人肩を並べて、奈呉の海の底の深さのように、深々と迷いの底にのめりこんでおられるあなたの心、その心の何ともまあ処置のしようのないこと。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

(注)ちさ【萵苣】名詞:木の名。えごのき。初夏に白色の花をつける。一説に「ちしゃのき」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)はしきやし【愛しきやし】分類連語:ああ、いとおしい。ああ、なつかしい。ああ、いたわしい。「はしきよし」「はしけやし」とも。※上代語。(学研)

参考 愛惜や追慕の気持ちをこめて感動詞的に用い、愛惜や悲哀の情を表す「ああ」「あわれ」の意となる場合もある。「はしきやし」「はしきよし」「はしけやし」のうち、「はしけやし」が最も古くから用いられている。

なりたち形容詞「は(愛)し」の連体形+間投助詞「やし」

(注)ゑむ 【笑む】①ほほえむ。にっこりとする。微笑する。②(花が)咲く。(学研)

(注)ことよす【言寄す・事寄す】①言葉や行為によって働きかける。言葉を添えて助力する。②あるものに託す。かこつける。③うわさをたてる。➡ここでは①の意(学研)

(注)はるはなの【春花の】分類枕詞:①春の花が美しく咲きにおう意から「盛り」「にほえさかゆ」にかかる。②春の花をめでる意から「貴(たふと)し」や「めづらし」にかかる。③春の花が散っていく意から「うつろふ」にかかる。(学研)

(注)ひものおの【紐の緒の】 枕詞 :① 紐を結ぶのに、一方を輪にして他方をその中にいれるところから、「心に入る」にかかる。 ② 紐の緒をつなぐことから、比喩的に「いつがる」にかかる。(コトバンク 三省堂大辞林

(注)いつがる【い繫る】つながる。自然につながり合う。「い」は接頭語。(学研)

(注)にほどりの【鳰鳥の】枕詞:かいつぶりが、よく水にもぐることから「潜(かづ)く」および同音を含む地名「葛飾(かづしか)」に、長くもぐることから「息長(おきなが)」に、水に浮いていることから「なづさふ(=水に浮かび漂う)」に、また、繁殖期に雄雌が並んでいることから「二人並び居(ゐ)」にかかる。(学研)

 

 「えごのきの別名はチシャノキというので、この歌にいうちさも、えごのきのことであろう。エゴノキは、落葉小高木でほととぎすの鳴き始める五月中頃に、たくさんの白い花を咲かせる。えごのきの林はまだ知らないが、一本二本ならば万葉風土のあちこちで目にする花である。また、同じくチシャという名の植物に、ヨーロッパ原産の二年草のチシャがあるが、岳が低い草であって、この歌には当たらない。」(万葉の小径 ちさの歌碑)

 

題詞は、

「教喩史生尾張少咋歌一首并短歌

 七出例云

 但犯一條即合出之 無七出輙弃者徒一年半

 三不去云

 雖犯七出不合弃之 違者杖一百 唯犯姧悪疾得弃之

兩妻例云

有妻更娶者徒一年 女家杖一百離之

詔書

愍賜義夫節婦

謹案 先件數條 建法之基 化道之源也 然則義夫之道 情存無別 一家同財 豈有忘

舊愛新之志哉 所以綴作數行之歌令悔弃舊之惑 其詞日」

<史生尾張少咋(ししやうをはりのをくひ)を教へ喩(さと)す歌一首并(あは)せて短歌

 七出例(しちしゅつれい)に云はく

 「ただし、一条を犯(をか)せば、すなはち出(い)だすべし。七出なくして輙(たやす)

く棄(す)つる者は、徒(づ)一年半」

 三不去(さんふきよ)に云はく、

 「七出を犯すとも、棄つべくあらず。違(たが)ふ者は杖(ぢやう)一百。ただし姧(かん)を犯したると悪疾(あくしち)とは棄つること得(う)」といふ。

 両妻例(りゃうさいれい)に云はく、

 「妻有りてさらに娶(めと)る者は徒一年、女家(ぢよか)杖一百にして離(はな)て」といふ。

 詔書に云(のりたま)はく、

 「義夫節婦を愍(めぐ)み賜ふ」とのりたまふ。

 謹(つつし)みて案(かむが)ふるに、先(さき)の件(くだり)の数条は、法(のり)を建つる基(もと)にして、道を化(をし)ふる源なり。しかればすなはち、義夫の道は、 情存して別(べち)なく、一家財を同(おな)じくす。あに旧(ふる)きを忘れ新しきを愛(うつく)しぶる志あらめや。ゆゑに数行(すぎやう)の歌を綴(つづ)り作(な)し、旧きを棄つる惑(まと)ひを悔(く)いしむ。その詞に日はく>である。

(注)七出〘名〙:令制に規定された、妻を離縁するための七つの条件。子がないこと、淫乱であること、舅・姑に仕えないこと、多言であること、盗癖のあること、嫉妬深いこと、悪疾のあることの七つで、この一つに該当すれば離別できた。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)三去〘名〙:中国古代および日本の令制で、妻を離婚できないとする三つの条件をいう語。妻に帰る家のない場合、妻が舅姑(しゅうと)の喪を果たした場合、結婚した時に貧しく、後に裕福になった場合。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典

(注)両妻礼:重婚に関する条例

(注)一家財を同(おな)じくす:一家で財産を共にし、経済上家族を差別しないこと。

(注)旧(ふる)き:ここでは、一家の一員たる古くからの妻をいう。

(注)志あらめや:気持ちがあってよかろうはずがない。

 

史生尾張少咋(ししやうをはりのをくい)が遊行女婦(うかれめ)の佐夫流(さぶる)に心を迷わせていることを家持が、教え喩(さと)す歌である。

 

 「ちさ」「やまちさ」はエゴノキのことであり、「ちさ」は、万葉集では、この歌にのみ見られ、「やまちさ」は二首みられる。

 

 

  

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 三省堂大辞林

★「万葉の小径 ちさの歌碑」