万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その481)―奈良市神功4丁目 万葉の小径(17)―万葉集 巻二十 四三〇一

●歌は、「印南野の赤ら柏は時はあれど君を我が思ふ時はさねなし」である。

 

f:id:tom101010:20200506160736j:plain

奈良市神功4丁目 万葉の小径(17)(安宿王 かしは)

●歌碑は、奈良市神功4丁目 万葉の小径(17)である。

 

●歌をみていこう。

 

◆伊奈美野之 安可良我之波ゝ 等伎波安礼騰 伎美乎安我毛布 登伎波佐祢奈之

               (安宿王 巻二十 四三〇一)

 

≪書き下し≫印南野(いなみの)の赤ら柏(がしは)は時はあれど君を我(あ)が思(も)ふ時はさねなし

 

(訳)印南野の赤ら柏は、赤らむ季節が定まっておりますが、大君を思う私の気持ちには、いついつと定まった時など、まったくありません。(伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 (注)印南野 分類地名:歌枕(うたまくら)。今の兵庫県加古川市から明石市付近。「否(いな)」と掛け詞(ことば)にしたり、「否」を引き出すため、序詞(じよことば)的な使い方をすることもある。稲日野(いなびの)。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)さね 副詞:①〔下に打消の語を伴って〕決して。②間違いなく。必ず。(学研)

 

 「カシワは広く大きく柔らかな葉に特色のある落葉高木で、古来祭祀の時に、その葉が用いられていた。万葉集には柏(かしは)は三首に歌われ、あから柏の他に、秋柏と朝柏とがある。秋や朝などの季節や時間と結びつくのは、やはりカシワといえばその葉に注目した結果である。秋に葉が黄色く色づいたカシワ、朝露によって濡れて瑞々しくなっているカシワ、そうすると、あから柏も葉の状態から生まれたことばであろうと推測される。

 あから柏は、もの皆赤に黄に色づく秋のカシワであろうか。それならば、秋柏の言葉がすでにあり、しかも、カシワの葉が色づくと黄や褐色に近く、決して赤いいろとはいえない。それゆえ、この赤を新葉の赤みとして、若葉が赤みを帯びて照り映えている柏とする説が、実際に即して、あから柏にもっともふさわしい。播磨国守であった安宿王は、平城京における宴席の場で「稲見野のあから柏」、おそらくは宮中の祭祀にも使われたカシワを歌って、一層天皇をたたえている。」 (万葉の小径 かしはの歌碑)

 

 この歌の題詞は、「七日天皇太上天皇太后在於東常宮南大殿肆宴歌一首」<七日に、天皇(すめらみこと)、太上天皇(おほきすめらみこと)、皇太后(おほきさき)、東(ひむがし)の常宮(つねのみや)の南の大殿に在(いま)して肆宴(とよのあかり)したまふ歌一首>とある。

(注)天皇孝謙天皇

(注)太上天皇聖武上皇

(注)皇太后光明皇太后

(注)東常宮:天皇が日常生活を送る御殿、東院ともいう。

(注)とよのあかり【豊の明かり】名詞:①酒を飲んで顔が赤らむこと。②宴会。特に、宮中の宴会。③「とよのあかりのせちゑ」に同じ。 ※「とよ」は接頭語。「あかり」は顔が赤らむの意。(学研) ここでは②の意

 

 左注は、「右一首播磨國守安宿王奏 古今未詳」<右の一首は、播磨(はりま)の国(くに)の守(かみ)安宿王(あすかべのおほきみ)奏(まを)す。 古今未詳>とある。

 

 安宿王の歌は、万葉集に二首収録されている。

 

 もう一首は、題詞「八月一三日在内南安殿肆宴歌二首」とあり、安宿王と大伴宿祢の歌が収録されている。

 

この歌もみてみよう。

 

◆乎等賣良我 多麻毛須蘇婢久 許能尓波尓 安伎可是不吉弖 波奈波知里都ゝ

               (安宿王 巻二〇 四四五二)

 

≪書き下し≫娘子(おとめ)らが玉裳(たまも)裾引(すそび)くこの庭に秋風吹きて花は散りつつ

 

(訳)おとめたちが美しい裳裾を引いてぞろぞろ歩くこのお庭に、秋風が吹いて、花ははらはらと散り続けるばかり。((伊藤 博 著 「万葉集 四」 角川ソフィア文庫より)

 

左記は、「右一首内匠頭兼播磨守正四位下安宿王奏之」<右の一首は、内匠頭(たくみのかみ)兼播磨守(はりまのかみ)正四位下安宿王(あすかべのおほきみ)奏す>である。

 

安宿王については、「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」に次のように書かれている。「奈良時代,長屋王の子。母は藤原不比等(ふひと)の娘。長屋王の変の際は母の縁で罪をまぬかれ,玄蕃頭(げんばのかみ),治部卿,播磨守(はりまのかみ),讃岐(さぬきの)守などを歴任した。天平勝宝(てんぴょうしょうほう)9年(757)橘(たちばなの)奈良麻呂の陰謀(橘奈良麻呂の変)にくわわり,佐渡に流される。のちゆるされ,宝亀(ほうき)4年高階真人(たかしなのまひと)の氏姓をさずかる。『万葉集』巻20に歌がおさめられている。」

 

「あからかしわ」が歌われているのは、万葉集ではこの一首のみである。本来、炊葉(かしば)の意味で、「食べ物を盛る葉」の総称である。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 四」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「「デジタル版 日本人名大辞典+Plus」

★「万葉の小径 かしはの歌碑」