万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その482)―奈良市神功4丁目 万葉の小径(18)―万葉集 巻七 一三三〇

●歌は、「南淵の細川山に立つ檀弓束巻くまで人に知らえじ」である。

 

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奈良市神功4丁目 万葉の小径(18)万葉歌碑(作者未詳 まゆみ)

●歌碑は、奈良市神功4丁目 万葉の小径(18)にある。

 

◆南淵之 細川山 立檀 弓束纒及 人二不所知

                (作者未詳 巻七 一三三〇)

 

≪書き下し≫南淵(みなぶち)の細川山(ほそかはやま)に立つ檀(まゆみ)弓束(ゆづか)巻くまで人に知らえじ

 

(訳)南淵の細川山に立っている檀(まゆみ)の木よ、お前を弓に仕上げて弓束を巻くまで、人に知られたくないものだ。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)細川山:奈良県明日香村稲渕の細川に臨む山。

(注)ゆつか【弓柄・弓束】名詞:矢を射るとき、左手で握る弓の中ほどより少し下の部分。また、そこに巻く皮や布など。「ゆづか」とも。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 「マユミは落葉低木で、初夏に淡緑色の花を咲かせ、秋に赤い小さな実をたくさん付ける。カバノキ科の梓(あずさ)とともに、真弓や梓弓と呼ばれるように、弓の良質の材であった。

 南淵の細川山は、奈良県高市郡明日香村の石舞台北東の山であるが、この歌は細川山の木をそのまま詠んだものではない。表面的には、まだ弓として作り上げる以前の南淵の細川山に生える、素敵な檀の木を見つけ、この木を丁寧に扱って真弓として作り上げるまでは、他の人が見つけないで欲しいと願っているが、「弓に寄する」の題詞どおり、本当は自分が恋している娘子が、他の男の目に入らない間に成人し、自分の妻となって欲しいと願っている歌である。

 万葉の頃は「妻問婚」の時代で、男はそれほどしばしば会には行けない。夕べに女の許へ通い朝には帰る男にとって、親の存在や人目人事(ひとめひとごと:人の見る目と人の噂)は、恐ろしいものであった。通うのをためらっている間に恋人を他の人に取られ、こんなことなら早くに標(しるし:自分の所有の印)をつけておけばよかったと嘆く歌も多い。」  (万葉の小径 まゆみの歌碑)

 

 「真弓」は、「梓弓」や「はじ弓」などとともに万葉集の歌の中に登場するが、「檀」で作った弓は他を抜きんでたのであろう。それゆえ、賛美の接頭語「ま」を冠して「真弓(まゆみ)」と呼ばれ、材料である「檀」も「まゆみ」と呼ばれるようになったのである。

 「はじ弓」については、國學院大學デジタル・ミュージアムに次のように書かれている。

「櫨(山漆)で作った弓。はじはハゼの木の別名で、ウルシ科の落葉高木。記の上巻には、天から降った天若日子が、後に天から派遣されて来た雉の鳴女を射殺すのに『天のはじ弓』を用いている。この弓は天つ神から賜ったものである。また、邇々芸命が天より降るに際して、先導した天忍日命と天津久米命の二人は、堅固な矢筒や大剣を身につけ、『天のはじ弓』を手に持って仕えたとある。紀の神代下にも同様に記されており、ここでいう『天のはじ弓』は天より賜った神聖な弓であることが知られる。万葉集では、大伴家持の『族を喩す歌』(20-4465)において、大伴氏の過去の栄光の歴史を述べるにあたって、一族の祖である天忍日命の故事を『皇祖の 神の御代より はじ弓を 手握り持たし』とうたっている。ここでも、はじ弓は天より賜った神聖な弓としてよまれている。はじ弓は、ハゼの木の堅固さのみではなく、漆の呪的力によって敵を威圧する武器と考えられた象徴的な弓である。」

 

 

  この歌の題詞は、「寄弓」<弓の寄す>である。

 巻七には、譬喩歌として、一二九六~一四一七がある。他には巻三の三九〇~四一四にあり、また巻十にもみられる。

 

 伊藤 博氏は、その著「萬葉集相聞の世界(塙書房)」の中で「萬葉歌には、その特色ある表現形態として、景物に寄せて思いを述べる歌が非常に多い。(中略)主流となるものは、歌の前段において景物を提示し、後段でその景物に寄せて人事内容をうたう序の歌、すなわち序詞を持つ歌の様式である。」「こうした序詞は、萬葉集において、雑歌や挽歌には非常に少なく、相聞歌に集中している感がある。」「序詞に託しておのが心情を開陳する発想法は、相聞歌の常式、すなわち、恋する男女特有の様式であると言っても、いいすぎではないほどだ。それだけ、序詞の持つ美しさを知ることは、男女の心情の本質を会得する上に、大切だということになる。」と述べておられる。

 

 五七五七七の三一文字に込められた男女の心情、しかもそこに秘められたほとばしる情熱、間接的でありながら直接的を超越した心情の吐露、等々あらためて萬葉集の魅力に引き込まれていく。

 

 記録として残された歌が、万葉仮名と呼ばれる漢字の音で表記し収録され今に伝えられている。萬葉集集大成の事業そして歴史の重みが感じられるのである。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「萬葉集相聞の世界」 伊藤 博 著 (塙書房

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「万葉の小径 まゆみの歌碑」