万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その494)―奈良市神功4丁目 万葉の小径(30)―万葉集 巻十 一八九五

●歌は、「春さればまづさきくさの幸くあらば後にも逢はむな恋ひそ我妹」である。

 

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奈良市神功4丁目 万葉の小径(30)万葉歌碑(柿本人麻呂歌集 さきくさ)

●歌碑は、奈良市神功4丁目 万葉の小径(30)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆春去 先三枝 幸命在 後相 莫戀吾妹

               (柿本朝臣人麿歌集 巻十  一八九五)

 

≪書き下し≫春さればまづさきくさの幸(さき)くあらば後(のち)にも逢はむな恋ひそ我妹(わぎも)

 

(訳)春になると、まっさきに咲くさいぐさの名のように、命さえさいわいであるならば、せめてのちにでも逢うことができよう。そんなに恋い焦がれないでおくれ、お前さん。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句「春去 先三枝」は、「春去 先」が「三枝」を起こし、「春去 先三枝」が、「幸(さきく)」を起こす二重構造になっている。

(注)そ 終助詞:《接続》動詞および助動詞「る」「らる」「す」「さす」「しむ」の連用形に付く。ただし、カ変・サ変動詞には未然形に付く。:①〔穏やかな禁止〕(どうか)…してくれるな。しないでくれ。▽副詞「な」と呼応した「な…そ」の形で。②〔禁止〕…しないでくれ。▽中古末ごろから副詞「な」を伴わず、「…そ」の形で。

参考(1)禁止の終助詞「な」を用いた禁止表現よりも、禁止の副詞「な」と呼応した「な…そ」の方がやわらかく穏やかなニュアンスがある。(2)上代では「な…そね」という形も併存したが、中古では「な…そ」が多用される。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 

 

「さきくさは、一説にはヤマユリやササユリを指すかともするが、春になるとまず咲く花としては、ミツマタかと見る説がもっともふさわしい。ミツマタは落葉低木で、その名の通り枝はすべて三つに分かれて伸びており、春三月、葉が生え始める前に薄い黄色の花を咲かせる。コウゾやガンピとともに和紙の原料となるので、古来、珍重された植物であった。

さきくさは、春の到来を告げる花であるばかりでなく、さきという音によっても好ましいものであった。言葉に霊力のあった時代、人はさきくさのさきという言葉を口にするだけで、言霊の力によって無事を保障されると信じていた。

恋とは、今、目の前にないものを慕う気持ちをいうので、「な恋ひそ」は、逢えないからといってそんなに悩むなよという意味である。妹や我妹(わぎも)や我妹子(わぎもこ)は、いずれも男が自分の思い人にびかける表現であり、女性の使う背(せ)や背子(せこ)や我背子(わがせこ)などと対応し、いずれも、今日のあなたに相当する。「な恋ひそ我妹」の呼び掛けもまた「な思い我背」と対になっている。」(万葉の小径歌碑「さきくさ」)

 

万葉集では、「三枝」を歌っているのは、二首である。二首とも、植物自体を歌ったのでなく、掛詞、枕詞として用いられているので諸説がある。

 ミツバゼリ、ヤマユリヤマゴボウジンチョウゲイカリソウツリガネニンジン、オケラ、フクジュソウ、イネ、マツ、ヒノキ等が言われている。

 もう一首は、山上憶良長歌であるので、その箇所だけ抜き出してみておこう。

 

◆・・・父母毛 表者奈佐我利 三枝之 中尓乎祢牟登 愛久 志我可多良倍婆・・・

                  (山上憶良 巻五 九〇四)

 

≪書き下し≫・・・父母(ちちはは)も うへはなさかり さきくさの 中(なか)にを寝むと 愛(うつく)しく しが語らへば・・・

 

(訳)・・・「父さんも母さんもそばを離れないでね。ぼく、まん中に寝る」と、かわいらしくもそいつが言うので・・・(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)うへはなさかり:そばを離れないで、の意か。

(注)さきくさの【三枝の】分類枕詞:「三枝(さきくさ)」は枝などが三つに分かれるところから「三(み)つ」、また「中(なか)」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)し【其】代名詞:〔常に格助詞「が」を伴って「しが」の形で用いて〕①それ。▽中称の指示代名詞。②おまえ。なんじ。▽対称の人称代名詞。③おのれ。自分。▽反照代名詞(=実体そのものをさす代名詞)。(学研)ここでは②の意

 

 

大神神社(おおみわじんじゃ)の「率川(いさがわ)神社 」のお祭りに、三枝祭(さいくさのまつり)がある。率川神社HPによると、「昔、御祭神姫蹈韛五十鈴姫命(ひめたたらいすずめのみこと)が三輪山のほとりにお住みになり、その付近には笹ゆりの花が美しく咲き誇っていたと伝えられ、その御縁により、後世にご祭神にお慶びいただくために酒たる罇に笹ゆりの花を飾っておまつりするようになったと言い伝えられています。『さいくさのまつり』は『ゆりまつり』とも言われるとある。

「先三枝」がポイントのようである。まず咲くとあるからミツマタであるとされているが、「さきくさの」が「幸」のさきに掛かるとみて、先の語と後の語は対として、ゆりまたはひめゆりと考えてはいかがだろうか。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「率川神社HP」

★「万葉の小径歌碑 さきくさ」