万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その504)―奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(6)―万葉集 巻三 三三二

●歌は、「すめろきの神の命の敷きいます国のことごと湯はしもさはにあれども島山の宜しき国とこごしかも伊予の高嶺の射狭庭の岡に立たして歌思ひ辞思ほししみ湯の上の木群を見れば臣の木も生ひ継ぎにけり鳴く鳥の声も変らず遠き代に神さびゆかむ幸しところ」である。

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奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(6)万葉歌碑(山部赤人 おみのき)

●歌碑(プレート)は、奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(6)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆皇神祖之 神乃御言乃 敷座 國之盡 湯者霜 左波尓雖在 嶋山之 宣國跡 極此凝伊豫能高嶺乃 射狭庭乃 崗尓立而 敲思 辞思為師 三湯之上乃 樹村乎見者 臣木毛 生継尓家里 鳴鳥之 音毛不更 遐代尓 神左備将徃 行幸

                 (山部赤人 巻三 三二二)

 

≪書き下し≫すめろきの 神(かみ)の命(みこと)の 敷きいます 国のことごと 湯(ゆ)はしも さはにあれども 島山(しまやま)の 宣(よろ)しき国と こごしかも 伊予(いよ)の高嶺(たかね)の 射狭庭(いざには)の 岡に立たして 歌(うた)思ひ 辞(こと)思(おも)ほしし み湯(ゆ)の上(うへ)の 木群(こむら)を見れば 臣(おみ)の木も 生(お)ひ継ぎにけり 鳴く鳥の 声も変らず 遠き代(よ)に 神(かむ)さびゆかむ 幸(いでま)しところ

 

(訳)代々の天皇がお治めになっている国のどこにでも、温泉(ゆ)はたくさんあるけれども中でも島も山も足り整った国と聞こえる。いかめしくも険しい伊予の高嶺、その嶺に続く射狭庭(いざにわ)に立たれて、歌の想いを練り詞(ことば)を案じられた貴い出で湯の上を覆う林を見ると、臣の木も次々と生い茂っている。鳴く鳥の声もずっと盛んである。遠い末の世まで、これからもますます神々しくなってゆくことであろう、この行幸(いでまし)の跡所(あとどころ)は。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)ことごと【尽・悉】副詞:すべて。全部。残らず。(学研)

(注)さはに【多に】副詞:たくさん。(学研)

(注)こごし 形容詞:凝り固まってごつごつしている。(岩が)ごつごつと重なって険しい。 ※上代語。(学研)

(注)射狭庭:温泉の裏にある岡の名

 

 

 題詞は、「山部宿祢赤人至伊豫温泉作歌一首并短歌」<山部宿禰赤人、伊予(いよ)の温泉(ゆ)に至りて作る歌一首并せて短歌>である。

 

 短歌の方もみてみよう。

 

百式紀乃 大宮人之 飽田津尓 船乗将為 年之不知久

                (山部赤人 巻三 三二三)

 

≪書き下し≫ももしきの大宮人(おほみやひと)の熟田津に船乗りしけむ年の知らなくに

 

(訳)ももしきの大宮人が熟田津で船出をした年がいつのことかわからなくなってしまった。(同上)

(注)ももしきの【百敷の・百石城の】分類枕詞:「ももしき」は「ももいしき(百石木)」の変化した語。多くの石や木で造ってあるの意から「大宮」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)「飽田津尓 船乗将為」:額田王の「熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」を念頭においている。

 

 愛媛松山道後温泉HPに「万葉集道後温泉」に、「山部赤人柿本人麻呂と並び称される有名な万葉歌人で、聖武天皇にお供して、富士山など名勝の地を巡り、歌を詠んでいます。有名な和歌に『田子たごの浦ゆうち出でてみれば真白ましろにそ富士の高嶺に雪は降りける』などがあります。

 道後は今から約1300年前の西暦713年に赤人が訪れた、最も西の地です。赤人は、聖徳太子の碑文や歴代天皇行幸を懐かしみ、歌を詠んでいます。」と記されている。

 同HPによると、神の湯(男性浴室)の湯釜には、この山部赤人長歌が刻まれているそうで、その写真も掲載されている。

 額田王の「熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな」の歌は、661年であるから、50年後の歌となる。

 

 「臣(おみ)の木」は現在これが何の木に相当するかは厳密にはわかっていないのであるが、鎌倉時代万葉集研究家である「仙覚」は、「モミの木」としており、これがほぼ定説となっている。

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「万葉の人びと」 犬養 孝 著 (新潮文庫

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「万葉集道後温泉」 (愛媛松山道後温泉HP)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」