万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その505)―奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(7)―万葉集 巻三 三二四

●歌は、「みもろの神なび山に五百枝さし繁に生ひたる栂の木のいや継ぎ継ぎに玉葛絶ゆることなくありつつもやまず通はむ明日香の古き都は山高み川とほしろし春の日は山し見が欲し秋の夜は川しきやけし朝雲に鶴は乱れ夕霧にかはづは騒く見るごとに音のみし泣かゆいにしへ思へば」である。

 

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奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(7)万葉歌碑(山部赤人 つが)

●歌碑(プレート)は、奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(7)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆三諸乃 神名備山尓 五百枝刺 繁生有 都賀乃樹乃 弥継飼尓 玉葛 絶事無 在管裳 不止将通 明日香能 舊京師者 山高三 河登保志呂之 春日者 山四見容之 秋夜者 河四清之 且雲二 多頭羽乱 夕霧丹 河津者驟 毎見 哭耳所泣 古思者

                       (山部赤人 巻三 三二四)

 

≪書き下し≫みもろの 神(かむ)なび山に 五百枝(いほえ)さし 繁(しげ)に生ひたる 栂(つが)の木の いや継(つ)ぎ継ぎに 玉葛(たまかづら) 絶ゆることなく ありつつも やまず通(かよ)はむ 明日香の 古き都は 山高み 川とほしろし 春の日は 山し見が欲し 秋の夜(よ)は 川しきやけし 朝雲(あさぐも)に 鶴(たづ)は乱れ 夕霧に かはづは騒(さわ)く 見るごとに 音(ね)のみし泣かゆ いにしへ思へば

 

(訳)神の来臨する神なび山にたくさんの枝をさしのべて盛んに生い茂っている栂の木、その名のようにいよいよ次々と、玉葛(たまかずら)のように絶えることなく、こうしてずっといつもいつも通いたいと思う明日香の古い都は、山が高く川が雄大である。春の日は山を見つめていたい、秋の夜は川の音が澄みきっている。朝雲に鶴は乱れ飛び、夕霧に河鹿は鳴き騒いでいる。ああ見るたびに声に出して泣けてくる。栄えいましたいにしえのことを思うと。(伊藤 博 著 「万葉集一」 角川ソフィア文庫より)

(注)みもろ【御諸・三諸・御室】名詞:神が降臨して宿る神聖な所。磐座(いわくら)(=神の御座所)のある山や、森・岩窟(がんくつ)など。特に、「三輪山(みわやま)」にいうこともある。また、神座や神社。「みむろ」とも。 ※「み」は接頭語。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)かむなびやま【神奈備山】名詞:神の鎮座する山。「かみなびやま」「かんなびやま」とも。 ※参考:三諸(みもろ)山(今の奈良県高市郡明日香(あすか)村)と三室(みむろ)山(今の奈良県生駒(いこま)郡斑鳩(いかるが)町)が有名で、その別名として多く用いられた。(学研)

(注)いほえ【五百枝】名詞:たくさんの枝。(学研)

(注)栂の木の(ツガノキノ)[枕]:音の類似から、「つぎつぎ」にかかる。(コトバンク デジタル大辞泉

(注)「みもろの神なび山に五百枝さし繁に生ひたる栂の木の」が序、類音の「継(つ)ぎ継ぎ」を起こす。

(注)とほしろし 形容詞 :①大きくてりっぱである。雄大である。②けだかく奥深い。◇歌学用語。(学研)

 

 

 堀内民一氏は、その著「大和万葉―その歌の風土」のなかで、「春と秋、朝雲と夕霧、鶴と河鹿と、自然の風物に対句表現を使って、整斉のリズムを示している点は、多分に漢詩の影響があり、山部赤人歌の特色を出している。そういう古き都の自然に接して、その古(いにしえ)を思うと、胸に迫って涙ぐまれる。と、都の花やかな頃を思い出して、そのよいけしきが徐々にさびれていくのを悲傷している。移り行くものへの悲しみである」と書かれている。

 

 題詞は、「登神岳山部宿祢赤人作歌一首并短歌」<神岳(かみをか)に登りて、山部宿禰赤人が作る歌一首 幷せて短歌>である。

 

短歌の方もみてみよう。

 

◆明日香河 川余藤不去 立霧乃 念應過 孤悲尓不有國

              (山部赤人 巻三 三二五)

 

≪書き下し≫明日香川川淀(かはよど)さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに

 

(訳)明日香川の川淀を離れずにいつも立こめている霧、なかなか消え去らぬその霧と同じく、すぐ消えてしまうようなちっとやそっとの思いではないのだ、われらの慕情は。(同上)

(注)「明日香川川淀さらず立つ霧の 」の上三句が、「思ひ過ぐべき恋にあらなくに」に対する譬喩的な序

(注)おもいすぐ【思ひ過ぐ】:思う気持ちがなくなる。忘れる。(goo辞書)

 

「つが」は、「栂」と国字表記する。万葉集では、「樛」、「都賀」、「都我」、「刀我」と書かれている。全部で五首が収録されており、すべてが長歌である。

 「つが」のさわりだけみてみよう。

①「・・・阿礼座師 神之盡 木乃 弥継嗣尓 天下・・・(巻一 二九)②「・・・五百枝刺 繁生有 都賀乃樹乃 弥継飼尓 玉葛・・・」(巻三 三二四)③「・・・水枝指 四時尓生有 刀我乃樹能 弥継飼尓 萬代・・・」

                (巻六 九〇七)

④「・・・敷多我美夜麻尓 可牟佐備弖 多氐流都賀能奇 毛等母延毛」

                (巻十七 四〇〇六)

⑤「・・・八峯能宇倍能 都我能木能 伊也継ゝ尓 松根能・・・」

                (巻十九 四二六六)

 

 見ての通り、四首が「いやつぎつぎに」という言葉を引き出すための枕詞あるいは序詞として使われている。「つが」と読むことにより、「つぐ」あるいは「つぎ」と音が通じるところから、つぎつぎに継続するという意味を引き出す言葉として使われている。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫

★「大和万葉―その歌の風土」 堀内民一 著 (創元社

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「goo辞書」