万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その509,510,511)―奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(12,13,14)―万葉集 巻五 八二二、八二九、八三七

●八二二歌(その509)、八二九歌(その510)、八三七歌(その511)は、題詞「梅花歌卅二首幷序」<梅花(ばいくわ)の歌三十二首幷せて序>に収録されている歌である。

 

―その509―

●歌は、「我が園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも」である。

 

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奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(12)万葉歌碑(大伴旅人 巻五 八二二)

●歌碑(プレート)は、奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(12)にある。

 

●直近では、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その496)」でも紹介しているが、歌をみていこう。

 

◆和何則能尓 宇米能波奈知流 比佐可多能 阿米欲里由吉能 那何列久流加母 <主人>

              (大伴旅人 巻五 八二二)

 

≪書き下し≫我(わ)が園に梅の花散るひさかたの天(あめ)より雪の流れ来(く)るかも <主人>

 

 (訳)この我らの園に梅の花がしきりに散る。遥(はる)かな天空から雪が流れて来るのであろう。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注) ひさかたの【久方の】分類枕詞:天空に関係のある「天(あま)・(あめ)」「雨」「空」「月」「日」「昼」「雲」「光」などに、また、「都」にかかる。語義・かかる理由未詳。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

 (注)主人:宴の主>大宰帥大伴旅人

 

―その510―

●歌は、「梅の花咲きて散りなば桜花継ぎて咲くべくなりにてあらずや」である。

 

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奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(13)万葉歌碑(張氏福子 さくら)

●歌碑(プレート)は、奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(13)にある。

 

●これも、直近では、拙稿ブログ「万葉歌碑を訪ねて(その485)」で紹介しているが、歌をみていこう。

 

◆烏梅能波奈 佐企弖知理奈波 佐久良婆那 都伎弖佐久倍久 奈利尓弖阿良受也 <藥師張氏福子>

               (張氏福子 巻五 八二九)

 

≪書き下し≫梅の花咲きて散りなば桜花(さくらばな)継(つ)ぎて咲くべくなりにてあらずや <薬師張氏福子(くすりしちやうじのふくじ)>

 

(訳)梅の花が咲いて散ってしまったならば、桜の花が引き続き咲くようになっているではないか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

 

―その512―

●歌は、「春の野に鳴くやうぐひすなつけむと我が家の園に梅が花咲く」である。

 

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奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(14)万葉歌碑(志氏大道 うめ)

●歌碑(プレート)は、奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(14)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆波流能努尓 奈久夜汙隅比須 奈都氣牟得 和何弊能曽能尓 汙米何波奈佐久 <笇師志氏大道>

                                    (算師志氏大道    巻五 八三七)

 

≪書き下し≫春の野に鳴くやうぐひすなつけむと我(わ)が家(へ)の園(その)に梅が花咲く <算師志氏大道(さんししじのおほみち)>

 

(訳)春の野で鳴く鴬、その鴬を手なずけようとして、この我らの園に梅の花が咲いている。(同上)

(注)算師(さんし):律令制において計数を掌る官職。主計寮・主税寮・大宰府に設置され、後に修理職や木工寮などにも設置された(フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』)

 

「うめ」万葉集の中で118首の歌が歌われている。「さくら」と違い、山野の梅が歌われることはまれで、そのほとんどが庭に咲く梅であり、白い梅花である。飛鳥・藤原の時代には、梅の歌はまず歌われていない。ほとんどが平城京へ遷都して後の歌である。

 これほど貴族が梅花を歌うのは、万葉の時代に梅が中国から輸入され、貴族たちがこぞって梅を自分の庭に植え、梅ということばを口にすることが、貴族のステータスシンボルのようであったからであろう。

 

「花鳥風月」の範疇は、万葉びとの間にほとんど出来上がっていたという。高木市之助氏は、万葉集における自然の景物のあらわれ方を調査し、これを天部・地部・水部・動物・植物に分類し順位を求めている。

  • 天部:月>雪>雨>雲>霧>風>霞
  • 地部:山>原>田
  • 水部:川>波>浦>島>湖
  • 動物:時鳥>鹿>雁>馬>鶴>鴬
  • 植物:梅>萩>黄葉>桜>橘

 

 題詞「梅花歌卅二首幷序」の「うめ」の表記をみてみる。

「宇米」と表記されているのは、八二二、八四五歌で、「汙米」が八三七歌、「宇梅」が八四三歌で、他はすべて「烏梅」となっている。烏梅、宇米、汙米、宇梅と4種類の表記がある。

 八四九から八五二歌は、題詞が 「後追和梅歌四首」となっており、こちらの方もみてみると、八四九歌は「宇梅」、八五〇歌は「有米」、八五一歌は「宇梅」、八五二歌は「烏梅」となっている。

 漢文の序や漢詩などとともに歌があるのが、巻五の特色であるから、題詞などは、「梅」と書かれ、歌は漢文との差異を図るために仮名表記となるので、漢語発音「メイ」(米、梅)にプラスした「ウ」を宇、汙、烏、有で表記したものと考えられる。

 「烏梅」(うばい)は、今も使われているが、「 (「烏」は黒の意) 半熟の梅の実を干して煙でいぶしたもの。薬用、また、染料にも用いる。(コトバンク 精選版 日本国語大辞典)」とあるが、万葉仮名表記の「烏梅」とは、関係はなさそうである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 精選版 日本国語大辞典

★「フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』」

★「奈良市万葉の小径(うめの歌碑)説明文」