万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その512)―奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(15)―万葉集 巻六 九七一

●歌は、「白雲の竜田の山の露霜に色づく時にうち越えて・・・」である。

 

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奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(15)万葉歌碑(高橋虫麻呂 つつじ)

●歌碑(プレート)は、奈良市法蓮佐保山 万葉の苑(15)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆白雲乃 龍田山乃 露霜尓 色附時丹 打超而 客行公者 五百隔山 伊去割見 賊守筑紫尓至 山乃曽伎 野之衣寸見世常 伴部乎 班遣之 山彦乃 将應極 谷潜乃 狭渡極 國方乎 見之賜而 冬木成 春去行者 飛鳥乃 早御来 龍田道之 岳邊乃路尓 丹管土乃 将薫時能 櫻花 将開時尓 山多頭能 迎参出六 公之来益者

                 (高橋虫麻呂 巻六 九七一)

 

≪書き下し≫白雲の 龍田(たつた)の山の 露霜(つゆしも)に 色(いろ)づく時に うち越えて 旅行く君は 五百重(いほへ)山 い行いきさくみ 敵(あた)まもる 筑紫(つくし)に至り 山のそき 野のそき見よと 伴(とも)の部(へ)を 班(あか)ち遣(つか)はし 山彦(やまびこ)の 答(こた)へむ極(きは)み たにぐくの さ渡る極み 国形(くにかた)を 見(め)したまひて 冬こもり 春さりゆかば 飛ぶ鳥の 早く来まさね 龍田道(たつたぢ)の 岡辺(をかへ)の道に 丹(に)つつじの にほはむ時の 桜花(さくらばな) 咲きなむ時に 山たづの 迎へ参(ま)ゐ出(で)む 君が来まさば

 

(訳)白雲の立つという田の山が、冷たい霧で赤く色づく時に、この山を越えて遠い旅にお出かけになる我が君は、幾重にも重なる山々を踏み分けて進み、敵を見張る筑紫に至り着き、山の果て野の果てまでもくまなく検分せよと、部下どもをあちこちに遣わし、山彦のこだまする限り、ひきがえるの這い廻る限り、国のありさまを御覧になって、冬木が芽吹く春になったら、空飛ぶ鳥のように早く帰ってきて下さい。ここ龍田道の岡辺の道に、赤いつつじが咲き映える時、桜の花が咲きにおうその時に、私はお迎えに参りましょう。我が君が帰っていらっしゃったならば。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)しらくもの【白雲の】分類枕詞:白雲が立ったり、山にかかったり、消えたりするようすから「立つ」「絶ゆ」「かかる」にかかる。また、「立つ」と同音を含む地名「竜田」にかかる。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)つゆしも【露霜】名詞:露と霜。また、露が凍って霜のようになったもの。(学研)

(注)五百重山(読み)いおえやま:〘名〙 いくえにも重なりあっている山(コトバンク精選版 日本国語大辞典

(注)さくむ 他動詞:踏みさいて砕く。(学研)

(注)まもる【守る】他動詞:①目を放さず見続ける。見つめる。見守る。②見張る。警戒する。気をつける。守る。(学研)

(注)そき:そく(退く)の名詞形<そく【退く】自動詞:離れる。遠ざかる。退く。逃れる(学研)➡山のそき:山の果て

(注)あかつ【頒つ・班つ】他動詞:分ける。分配する。分散させる。(学研)

(注)たにぐく【谷蟇】名詞:ひきがえる。 ※「くく」は蛙(かえる)の古名。(学研)

(注)きはみ【極み】名詞:(時間や空間の)極まるところ。極限。果て。(学研)

(注)ふゆごもり【冬籠り】分類枕詞:「春」「張る」にかかる。かかる理由は未詳。(学研)

(注)とぶとりの【飛ぶ鳥の】分類枕詞:①地名の「あすか(明日香)」にかかる。②飛ぶ鳥が速いことから、「早く」にかかる。(学研)

(注)に【丹】名詞:赤土。また、赤色の顔料。赤い色。(学研)

(注)やまたづの【山たづの】分類枕詞;「やまたづ」は、にわとこの古名。にわとこの枝や葉が向き合っているところから「むかふ」にかかる。(学研)

 

万葉集には「つつじ」が詠まれた歌は、十首収録されている。この歌では、「管土」という字が当てられている。他には、「菌」「都追慈」「管仕」「管躑躅自」「乍自」といった文字が使われている。今日の「躑躅」が使われているいる歌は見当たらない。

 

 題詞は、「四年壬申藤原宇合卿遣西海道節度使之時高橋連蟲麻呂作歌一首并短歌」<四年壬申(みづのえさる)に、藤原宇合卿(ふぢはらのうまかひのまへつきみ)、西海道(さいかいどう)の節度使(せつどし)に遣(つか)はさゆる時に、高橋連蟲麻呂(たかはしのむらじむしまろ)の作る歌一首并(あは)せて短歌>である。

 

 

反歌一首」をみてみよう。

 

◆千萬乃 軍奈利友 言擧不為 取而可来 男常曽念

                (高橋虫麻呂 巻六 九七二)

 

≪書き下し≫千万(ちよろづ)の軍(いくさ)なりとも言挙(あ)げせずに来(き)ぬべき士(をのこ)とぞ思ふ

 

(訳)我が君は、相手が千万の大軍であろうとも、とやかく言わずに必ず討ち取って来られる、立派な男子だと思っております。(同上)

(注)ことあげ 【言挙げ】( 名 ):言葉に出して言い立てること。言葉に呪力があると信じられた上代以前には、むやみな「言挙げ」は慎まれた。(weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

(注)し【士】名詞:①男子。②学徳の備わったりっぱな人。③武士。(学研)

 

左注は、「右撿補任文八月十七日任東山ゝ陰西海節度使」<右は、補任(ぶにん)の文(ふみ)に検(ただ)すに、「八月の十七日に、東山・山陰・西海の節度使を任ず」と。

(注)ふにん【補任】名詞:「補任状(じやう)」の略。中世、将軍・大名・荘園領主などが、部下を職に任ずるときに出した辞令。「ぶにん」とも。(学研)

(注)とうさんだう【東山道】名詞:「五畿七道(ごきしちだう)」の一つ。畿内(きない)の東、東海・北陸両道に挟まれた山間部を経て奥羽地方に及ぶ地域。近江(おうみ)(滋賀県)、美濃(みの)・飛驒(ひだ)(岐阜県)、信濃(しなの)(長野県)、上野(こうずけ)(群馬県)、下野(しもつけ)(栃木県)と、陸奥(みちのく)(福島県宮城県岩手県青森県)、出羽(でわ)(山形県秋田県)との計八か国。(学研)

(注)さんいんだう【山陰道】名詞:「五畿七道(ごきしちだう)」の一つ。京都以西の、日本海に沿った八か国。丹波(たんば)(京都府兵庫県)、丹後(京都府)、但馬(たじま)(兵庫県)、因幡(いなば)・伯耆(ほうき)(鳥取県)、出雲(いずも)・石見(いわみ)・隠岐(おき)(島根県)。また、それらの国を貫く街道。「せんいんだう」「せんおんだう」とも。(学研)さいかいだう【西海道】名詞:「五畿七道(ごきしちだう)」の一つ。今の九州地方。筑前(ちくぜん)・筑後(福岡県)、豊前(ぶぜん)(福岡県・大分県)、豊後(ぶんご)(大分県)、肥前佐賀県長崎県)、肥後(熊本県)、日向(ひゆうが)(宮崎県)、壱岐(いき)・対馬(つしま)(長崎県)、薩摩(さつま)・大隅おおすみ)(鹿児島県)、琉球(りゆうきゆう)(沖縄県)の十二か国。西道。西州。西海。(学研)

(注)せつどし【節度使】名詞:奈良時代、地方の軍事力を整備・強化するために、東海・東山・山陰・西海・南海道などに派遣された、「令外(りやうげ)の官(くわん)」。(学研)

 

題詞に、「四年壬申」とあるが、天平四年(732年)である。この時、初めて節度使の制度が作られ、東海・東山の二道の節度使藤原房前(ふささき)が、山陰道多治比県守(たぢひのあがたもり)が、そして西海道藤原宇合が任命されたのである。

 

 この歌に続いて、九七三、九七四歌は、題詞「天皇賜酒節度使卿等御歌一首幷短歌」<天皇(すめらみこと)、酒を節度使の卿等(まへつきみたち)に賜(たま)ふ御歌一首幷(あは)せて短歌>とある。これは、公的な場で、節度使送別の儀礼的行事があり、そこで詠われたものと思われる。

しかし、九七一、九七二歌は、三人の節度使の中で、藤原宇合に向けて詠われた歌である。特に、九七一歌の「迎参出六 公之来益者」や九七二歌「男常曽念」の語句から見ても宇合のみに対する私的な場、例えば、宇合家の送別の宴席で披露されたものと思われる。高橋虫麻呂藤原宇合の個人的な庇護を受けていた可能性が強いものと思われる。宇合は、今日的な文化芸術等に秀でた者のパトロン的存在であったのかもしれない。

公式的なしかも天皇の御歌の前にこの二首が収録されているのも万葉集万葉集らしいところかもしれない。

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「國文學 万葉集の詩と歴史」 (學燈社

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク精選版 日本国語大辞典