万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その588,589,590)―西田公園万葉植物苑(22,23,24)―万葉集 巻十四 三四九四、巻八 一六二二、巻七 一二五七

―その588―

●歌は、「児毛知山若かへるでのもみつまで寝もと我は思ふ汝はあどか思ふ」である。

 

 

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西田公園万葉植物苑(22)万葉歌碑(作者未詳)

 

●歌碑は、西宮市西田町西田公園万葉植物苑(22)にある。

                           

●歌をみていこう。

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その468)」で紹介している。

 

◆兒毛知夜麻 和可加敝流弖能 毛美都麻弖 宿毛等和波毛布 汝波安杼可毛布

              (作者未詳    巻十四 三四九四)

 

≪書き下し≫児毛知山(こもちやま)若(わか)かへるでのもみつまで寝(ね)もと我(わ)は思(も)ふ汝(な)はあどか思(も)ふ

 

(訳)児毛知山、この山の楓(かえで)の若葉がもみじするまで、ずっと寝たいと俺は思う。お前さんはどう思うかね。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)児毛知山:一般に、奈良時代の『万葉集』に掲載されたこの東歌(巻14、3494)は、上野国群馬県)の子持山のことを詠んだものとされてきた。ただし、平安時代末期の『五代集歌枕』や『和歌色葉』(1198年頃)といった歌学書では、この和歌の主題がどこの土地のものであるかは言及していない。また、同時期の藤原清輔による『奥義抄』ではこの歌を陸奥国で詠まれたものとして解説している。(フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』)

(注)寝も:「寝む」の東国形

(注)あど 副詞:どのように。どうして。 ※「など」の上代の東国方言か。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)もふ【思ふ】他動詞:思う。 ※「おもふ」の変化した語。(学研)

 

三四九四歌の「宿毛等和波毛布 汝波安杼可毛布」というストレートな表現が、「東歌」らしくおおらかさを秘めている。どこか民謡調であり、色っぽさも感じさせている。

 

東歌のはこのような色っぽい歌が数多く見受けられる。もう一首みてみよう。

 

◆比流等家波 等家奈敝比毛乃 和賀西奈尓 阿比与流等可毛 欲流等家也須家

               (作者未詳 巻十四 三四八三)

 

≪書き下し≫昼解(と)けば解けなへ紐の我が背なに相寄(あひよ)るとかも夜(よる)解けやすけ

 

(訳)昼間に解こうとしても解けない紐、その下紐があなたに寄り添える兆(しる)しとでもいうのか、夜になるとたやすく解けてきます。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)なへ 接続助詞《接続》活用語の連体形に付く。:〔事柄の並行した存在・進行〕…するとともに。…するにつれて。…するちょうどそのとき。 ※上代語。中古にも和歌に用例があるが、上代語の名残である。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)解けやすけ:「解けやすさ」の東国形

 

 

「カエデ(楓)」は、葉が蛙の手に似ているので古くは、「かへるで」と呼ばれていた。万葉集では、「かへるで」を詠んだ歌は二首収録されている。

もう一首の方もみてみよう。

 

◆吾屋戸尓 黄變蝦手 毎見 妹乎懸管 不戀日者無

                (大伴田村大嬢 巻八 一六二二)

 

≪書き下し≫我がやどにもみつかへるて見るごとに妹を懸(か)けつつ恋ひぬ日はなし

 

(訳)私の家の庭で色づいているかえでを見るたびに、あなたを心にかけて、恋しく思わない日はありません。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)か・く 【懸く・掛く】他動詞①垂れ下げる。かける。もたれさせる。②かけ渡す。③(扉に)錠をおろす。掛け金をかける。④合わせる。兼任する。兼ねる。⑤かぶせる。かける。⑥降りかける。あびせかける。⑦はかり比べる。対比する。⑧待ち望む。⑨(心や目に)かける。⑩話しかける。口にする。⑪託する。預ける。かける。⑫だます。⑬目標にする。目ざす。⑭関係づける。加える。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)ここでは⑨の意

 

題詞、「大伴田村大嬢妹(いもうと)坂上大嬢に与ふる歌二首」の一首である。

 

 

 

―その589―

●歌は、「道の辺の草深百合の花笑みに笑みしがからに妻と言ふべしや」である。

 

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西田公園万葉植物苑(23)万葉歌碑(作者未詳)                          ●

●歌碑は、西宮市西田町西田公園万葉植物苑(23)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆道邊之 草深由利乃 花咲尓 咲之柄二 妻常可云也

                (作者未詳 巻七 一二五七)

 

≪書き下し≫道の辺(へ)の草深百合(くさふかゆり)の花(はな)笑(ゑ)みに笑みしがからに妻と言ふべしや

 

(訳)道端の草むらに咲く百合、その蕾(つぼみ)がほころびるように、私がちらっとほほ笑んだからといって、それだけでもうあなたの妻と決まったようにおっしゃってよいものでしょうか。(伊藤 博 著 「万葉集 二」 角川ソフィア文庫より)

(注)くさぶかゆり【草深百合】:草深い所に生えている百合。 (weblio辞書 三省堂 大辞林 第三版)

(注)ゑむ【笑む】自動詞:①ほほえむ。にっこりとする。微笑する。②(花が)咲く。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)上三句「道邊之 草深由利乃 花咲尓」は「笑みし」の譬喩

(注)からに 接続助詞《接続》活用語の連体形に付く。:①〔原因・理由〕…ために。ばかりに。②〔即時〕…と同時に。…とすぐに。③〔逆接の仮定条件〕…だからといって。たとえ…だとしても。…たところで。▽多く「…むからに」の形で。参考➡格助詞「から」に格助詞「に」が付いて一語化したもの。上代には「のからに」「がからに」の形が見られるが、これらは名詞「故(から)」+格助詞「に」と考える。

 

 

 

―その590―

●歌は、「水伝ふ礒の浦廻の岩つつじ茂く咲く道をまたも見むかも」である。

 

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西田公園万葉植物苑(24)万葉歌碑(  日並皇子尊宮舎人)

●歌碑は、西宮市西田町西田公園万葉植物苑(24)にある。

 

●歌をみていこう。

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その121)」、「同311」、「同470」他で紹介している。

 

◆水傳 磯乃浦廻乃 石上乍自 木丘開道乎 又将見鴨

               (日並皇子尊宮舎人 巻二 一八五)

 

≪書き下し≫水(みづ)伝(つた)ふ礒(いそ)の浦(うら)みの岩つつじ茂(も)く咲く道をまたも見むかも

 

(訳)水に沿っている石組みの辺の岩つつじ、そのいっぱい咲いている道を再び見ることがあろうか。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)いそ【磯】名詞:①岩。石。②(海・湖・池・川の)水辺の岩石。岩石の多い水辺。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)うらみ【浦廻・浦回】名詞:入り江。海岸の曲がりくねって入り組んだ所。「うらわ」とも。(学研)

(注)茂く>もし【茂し】( 形ク ):草木の多く茂るさま。しげし。(weblio辞書 三省堂大辞林 第三版)

 

 石つつじ(イワツツジ)は、水辺の岩の間に咲くツツジ。ここでは、庭園の磯の辺りに咲くツツジをいう。現在、イワツツジと呼ばれる品種は、高地性のものであり、舎人の歌っている場所は飛鳥で、せいぜい標高100メートル程度に過ぎないので、このイワツツジは文字通り岩の辺りに咲くツツジと解される。品種は、ヤマツツジで、常緑低木が多く、四月から六月にかけて、次々と山野で白に紅に花を咲かせる。

  万葉集には、ツツジの歌は、九首収録されている。意外と少ない。「茵」「都追慈」「管士」「管仕」「管躑躅自」「乍自」と表記されている。今の「躑躅」という表記では出てこない。

 

この歌を含む一七一から一九三歌までの歌群の題詞は、「皇子尊宮舎人等慟傷作歌廿三首」<皇子尊(みこのみこと)の宮の舎人等(とねりら)、慟傷(かな)しびて作る歌二十三首>である。

 

「日並皇子尊」は、天武天皇の皇子で草壁皇子。悲劇の皇子大津皇子に触れずにはおれまい。草壁皇子ならびに大津皇子はともに天武天皇の子供である。草壁皇子は鸕野(うの)讃良皇女(後の持統天皇)を母に、大津皇子は、大田皇女を母に持つ。(母どうしは姉妹)。

六八一年、草壁皇子は皇太子に任ぜられる。六八三年、大津皇子太政大臣となり、天武天皇諸皇子の中にあって、皇太子と太政大臣という最高の政治社会的地位を分担したが、二人の間には深い対立があった。大津皇子は、文武に通じた英才豪放で人望が高かった。このことは、皇后、皇太子側にとっては、不気味な存在となる。執拗な圧迫が大津皇子にそそがれための謀反となったと思われる。

 草壁、大津の対立の深さは、天武一五年一〇月二日(六八六年)大津皇子が謀反を企てたとされるが、翌三日には、早くも皇后、皇太子側によって刑死させらていることからもうかがい知れるところである。

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 二」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「別冊國文學 万葉集必携」 稲岡耕二 編 (學燈社

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「古代の恋愛生活 万葉集の恋歌を読む」 古橋信孝 著 (NHKブックス

★「フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』」

★「weblio辞書 三省堂大辞林 第三版」

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」