万葉集の歌碑めぐり

万葉歌碑をめぐり、歌の背景等を可能な限り時間的空間的に探索し、万葉集の万葉集たる所以に迫っていきたい!

万葉歌碑を訪ねて(その603,604,605)―西田公園万葉植物苑(38,39,40)―万葉集 巻四 七二七、巻十一 二七六七、巻一 五四

―その603―

●歌は、「忘れ草我が下紐に付けたれど醜の醜草言にしありけり」である。

 

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西田公園万葉植物苑(38)万葉歌碑(大伴家持

●歌碑は、西田公園万葉植物苑(38)にある。

             

●歌をみていこう。

 

◆萱草 吾下紐尓 著有跡 鬼乃志許草 事二思安利家理

               (大伴家持 巻四 七二七)

 

≪書き下し≫忘れ草我(わ)が下紐(したひも)に付けたれど醜(しこ)の醜草(しこくさ)言(こと)にしありけり

 

(訳)苦しみを忘れるための草、その草を着物の下紐にそっと付けて、忘れようとはしてみたが、とんでもないろくでなしの草だ、忘れ草とは名ばかりであった。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)わすれぐさ【忘れ草】名詞:草の名。かんぞう(萱草)の別名。身につけると心の憂さを忘れると考えられていたところから、恋の苦しみを忘れるため、下着の紐(ひも)に付けたり、また、垣根に植えたりした。歌でも恋に関連して詠まれることが多い。(weblio古語辞典 学研全訳古語辞典)

(注)しこ【醜】名詞:頑強なもの。醜悪なもの。▽多く、憎みののしっていう。 ※参考「しこ女(め)」「しこ男(お)」「しこほととぎす」などのように直接体言に付いたり、「しこつ翁(おきな)」「しこの御楯(みたて)」などのように格助詞「つ」「の」を添えた形で体言を修飾するだけなので、接頭語にきわめて近い。(学研)

 

「忘れ草」もここまで罵倒されるとは・・・。

 

 題詞は、「大伴宿祢家持贈坂上家大嬢歌二首  離絶數年復會相聞徃来」<大伴宿禰家持、坂上家(さかのうへのいへ)の大嬢(おほいらつめ)に贈る歌二首  離絶すること数年、また会ひて相聞徃来す>である。

(注)天平四年ごろ、「いいなずけ」の大嬢は、10歳くらいであったので、家持の気持ちは動かなかったが、天平九年(737年)ごろ、時を経て再会したようである。

 

 もう一首の方もみてみよう。

 

◆人毛無  國母有粳  吾妹兒与  携行而  副而将座

               (大伴家持 巻四 七二八)

 

≪書き下し≫人もなき国もあらぬか我妹子(わぎもこ)とたづさはり行きてたぐひて居(を)らむ

 

(訳)じゃま者のいない国でもないものか。あなたと手を取り合って行って、ずっと寄り添っていように。(同上)

(注)たづさはる【携はる】自動詞:①手を取り合う。②連れ立つ。③かかわり合う。関係する。(学研)

(注)たぐふ【類ふ・比ふ】自動詞:①一緒になる。寄り添う。連れ添う。②似合う。釣り合う。(学研)

 

                           

 

―その604―

●歌は、「あしひきの山橘の色に出でて我は恋ひなむ人目難みすな」である。

 

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西田公園万葉植物苑(39)万葉歌碑(作者未詳)

●歌碑は、西田公園万葉植物苑(39)にある。

 

●歌をみていこう。

 

◆足引乃 山橘之 色出而 吾戀公者 人目難為名

                                  (作者未詳 巻十一 二七六七)

 

≪書き下し≫あしひきの山橘(やまたちばな)の色に出(い)でて我(あ)は恋ひなむ人目難(かた)みすな

 

(訳)山の木蔭の、藪柑子(やぶこうじ)のまっ赤な実のように、私は恋心をあたりかまわず顔に出してしまいそうだ。なのに、あなたが人目を気にするなんて・・・。まわりのことなんか気にしないでくれ。(伊藤 博 著 「万葉集 三」 角川ソフィア文庫より)

(注)上二句「足引乃 山橘之」は、「色出」を起こす。

(注)なむ 分類連語:①…てしまおう。必ず…しよう。▽強い意志を表す。②…てしまうだろう。きっと…するだろう。確かに…だろう。▽強い推量を表す。③…ことができるだろう。…できそうだ。▽実現の可能性を推量する。④…するのがきっとよい。…ほうがよい。…すべきだ。▽適当・当然の意を強調する。(学研) ここでは③の意

(注)人目難(かた)みすな:だからあなたも人目を憚るな。

 

 山橘は、今の「藪柑子」のことで、その実が真っ赤に熟して目につきやすいことから、恋の思いが表面に出ることを喩えて詠んでいる。

 

  

―その605―

●歌は、「巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を」である。

 

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西田公園万葉植物苑(40)万葉歌碑(坂門人足

●歌碑は、西田公園万葉植物苑(40)にある。

 

●歌をみてみよう。

この歌は、ブログ拙稿「万葉歌碑を訪ねて(その223)」、「同296」他でも紹介している。

 

◆巨勢山乃 列ゝ椿 都良ゝゝ尓 見乍思奈 許湍乃春野乎

                (坂門人足 巻一 五四)

 

≪書き下し≫巨勢山(こせやま)のつらつら椿(つばき)つらつらに見つつ偲はな巨勢の春野を

 

(訳)巨勢山のつらつら椿、この椿の木をつらつら見ながら偲ぼうではないか。椿花咲く巨勢の春野の、そのありさまを。(伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

(注)こせやま【巨勢山】:奈良県西部、御所(ごせ)市古瀬付近にある山。(コトバンク 小学館デジタル大辞泉

(注)つらつらつばき 【列列椿】名詞:数多く並んで咲いているつばき。

(注)しのぶ 【偲ぶ】:①めでる。賞美する。②思い出す。思い起こす。思い慕う。

 

 題詞は、「大寳元年辛丑秋九月太上天皇幸于紀伊國時歌」<大宝(だいほう)元年辛丑(かのとうし)の秋の九月に、太上天皇(おほきすめらみこと)、紀伊の国(きのくに)に幸(いでま)す時の歌>である。

 

 左注は「右一首坂門人足」<右の一首は坂門人足(さかとのひとたり)>である。

(注)太上天皇:持統上皇

 

 

 なお、万葉集五六歌として、この歌の原本となったと思われる歌が収録されている。

 

 題詞、「或本歌」<或本の歌>

 

◆河上乃 列ゝ椿 都良ゝゝ尓 雖見安可受 巨勢能春野者

               (春日蔵首老 巻一 五六)

 

≪書き下し≫川の上(うへ)のつらつら椿(つばき)つらつらに見れども飽(あ)かず巨勢の春野は 

 

(訳)川のほとりに咲くつらつら椿よ、つらつらに見ても見飽きはしない。椿花咲くこの巨勢の春野は。伊藤 博 著 「万葉集 一」 角川ソフィア文庫より)

 

 五四歌の題詞にあるように、「秋九月」であるから、椿は咲いていない。「巨勢の春野」はここなのだと、「偲はな」と、リズミカルな春日蔵首老の歌を踏まえて、リズミカルに詠っているのである。

 

 両歌を並べてみると、ほぼ同じなのに、全く異なる様相を見事に詠っているのがよくわかる。「見乍思奈」「乎」と「雖見安可受」「者」で、間接的にそして片方は直接的に、椿を愛でているのである。

 

巨勢山乃 列ゝ椿 都良ゝゝ尓 見乍思奈  許湍乃春野乎(五四歌)

河上乃  列ゝ椿 都良ゝゝ尓 雖見安可受 巨勢能春野者(五六歌)

 

 

 

(参考文献)

★「萬葉集」 鶴 久・森山 隆 編 (桜楓社)

★「万葉集 一」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「万葉集 三」 伊藤 博 著 (角川ソフィア文庫)

★「植物で見る万葉の世界」 國學院大學 萬葉の花の会 著 (同会 事務局)

★「weblio古語辞典 学研全訳古語辞典」

★「コトバンク 小学館デジタル大辞泉